17歳の女子高生、アリサが現代に降り立った哲学者・ニーチェと出会い、成長していくという異色の小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』。その著者であり、哲学ナビゲーターとしても活躍する原田まりる氏と、現代の哲学の最前線を紹介した『いま世界の哲学者が考えていること』が(累計)4.5万部と大反響を呼んでいる岡本裕一朗氏。そんなお2人の対談は、互いの著書について、そしてこれからの哲学の在り方について、話がどんどん広がりました。

フィクション性の高い実存主義は、若い人にこそ刺さる

岡本 原田さんがこの本(『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』)で取り上げているのは、ニーチェやキルケゴールなど実存主義の哲学者ばかりですよね。どうして原田さんのような若い女性が実存主義に興味を持ったのか、伺ってみたかったんです。というのも、ニーチェは知名度が高くて割と継続的に人気がありますが、そのほかの実存主義の人たちってちょっと暗めだし、一般の方にはとっつきにくそうなイメージがあるんじゃないかと思うんですが。

原田 今の若い人って、実存主義が好きな人、多いと思いますよ。

岡本 え、そうなんですか?

哲学者の「ちょっとダメなところ」を知れば、哲学がもっと身近になる原田まりる(はらだ・まりる) 作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター 1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある。

原田 先生の本でも「実存主義オワコン」みたいに書かれていましたけれど(笑)、私の周りにもけっこう実存主義好きの子が多くて、NMB48の須藤凛々花さんも好きだとおっしゃっていましたし。

岡本 あ、いやいや、もう終わったとは思っていないのですが(笑)、でも、おっしゃるように巡り巡って実存主義の流行が来ている感覚はありますね。実存主義は第二次世界大戦のあたりに流行して、日本でも戦後、「これからどうやって生きていくのか」と誰もが自分に問い直すような時代に支持されました。その後、1960年代ぐらいにはマルクス主義など社会的な変革の運動が起きましたが、70年代以降は「そんなに真剣に社会とか人間の在り方を考えるのは止めようよ」という風潮が強まりました。ただここにきて、そんな風潮にもみんなが飽きてきたのではないかという感触はあったんです。だから今、原田さんに「実存主義が若い子の間で流行っていますよ」と言われて、「ああ、1回ぐるっと回って再び流行が来たんだ」と思いました(笑)。

原田 昔のファッションがリバイバルブームを起こすようなものですね。

岡本 そうそう。昔を知っているものとしては非常に不思議な気分で…ああ、若い子がサルトルか、って。

原田 今の若い世代は、「大企業に入ればいい」とか「公務員になれば安泰」などという考え方がなくて、もっと自由な生き方をしたほうがいいと思っている人も多いからでしょうね。ITバブル以降の経済の浮き沈みを見てきていることもあり、一種の虚無主義的な感じになっているのかなという感覚もありますね。さらに言えば、私のような30歳前後の世代はまだ「頑張ったら報われる」と考えられる世代なんですけれど、もう少し下の世代だと「頑張る」と「報われる」がイコールにならないんです。だからこそ、実存主義ならではのフィクション性というか、寓話っぽい感じが刺さるのかもしれません。

岡本 なるほどね。だから、原田さんの本は全編を通して哲学が明るく書かれているのか。ニーチェも明るいし、サルトルも明るい。

原田 ショーペンハウアーは暗くしましたよ(笑)。

岡本 ほかの人に比べたら暗いけれど…それでも明るいですよ(笑)。「自分自身の生き方を考える」実存主義って、今の若い人に訴えかける力があるのかもしれない。そして、原田さんの打ち出し方も今風でとても面白い。

原田 ありがとうございます!

岡本 ニーチェの一つひとつの発言の意味を詳しく説明している本は少なくないけれど、原田さんの本では今風に言い換えて説明してくれていますよね。ああ、なるほど!と誰もが思えるから、多くの人に受け入れられているのだろうなと感じました。

原田 そう言っていただけてうれしいです。

岡本 そして、「小説」というスタイルがとても新鮮でした。読んでいると、自分が本に登場する哲学者の気分になって、主人公の女子高生と話しているかのような気になりました。

原田 その感想、初めて言われました!やはり先生は哲学畑の方で、教鞭も取られているから…。50代の男性読者さんからは、「読みながら女子高生のほうに感情移入した」って言っていました(笑)。

岡本 私は普段教える側にいるから、女子高生にはなれないですね(笑)。ニーチェやサルトル、キルケゴールの立場になって、女子高生に軽口を言っているような感覚。とにかく、大いに楽しめました。

サルトルの生き方に憧れ、哲学者になった

原田 多くの人にとって、「哲学が好きな人は変わっている」というイメージなんですよね。でも、今の20代、30代の人って、肉体的だけでなく精神的にもとても忙しいと思うので、哲学の教えに触れて楽に慣れる人もいるはず。だから、今まで哲学に触れるという選択肢がなかった人に、手に取ってもらいたいと思って、このような本を作りました。

岡本 哲学好きは変わっている、か。その感覚はなかったなあ…。私は高校生のときにサルトルに出会いましたが、彼の思想よりも「サルトル自身がカッコいい」と感じてね。

原田 あ、だからサルトルっぽいメガネをかけていらっしゃる?

岡本 そういうわけじゃないけれども(笑)、あんなふうにカッコよく生きていけたらいいなと思っていました。

原田 でも、一般の高校生が、どうやってサルトルに出会ったんですか?来日した時(1966年)ですか?

哲学者の「ちょっとダメなところ」を知れば、哲学がもっと身近になる岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう) 1954年、福岡に生まれる。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。著書に、『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンス―物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ポスト分析哲学の新展開』『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』『ポストモダンの思想的根拠―9・11と管理社会』『異議あり! 生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)などがある。

岡本 いや、そこまでは古くない(笑)。私がサルトルに出会ったのは、サルトルが日本で流行っていたときよりも少し後なんですが、その頃って若者の間で難しい本を読むのが何となく流行っていて、内容なんてわからないのに『存在と無』を読むのがおしゃれという感じだったんです。ただ、高校生のときに『実存主義とは何か』を読んだら、何か理解できたような気がしたんです。だから、もっとサルトルを学びたいと思って大学に入ったんですけれど…1、2年ですっかりサルトルじゃない方向に進んでしまった(笑)。

原田 (笑)。高校生のときにサルトルから受けた感銘が、今の道を決めたのですね。

岡本 感銘というか…何というかな、芸術家だったら芸術が語れるし、経済学者だったら経済学を語れるけれど、哲学者は自分の理論で世界とか社会とかあらゆるものが語れる点がすごいなぁと。哲学そのものが好きだったというよりも、哲学者のそういう生き方とか、理論がカッコいいなと思ったんですね。だから今回、原田さんの本を読んで「ああ、懐かしのサルトルだ!」と。

原田 青春の!(笑)

岡本 …という感じだったですね(笑)。原田さんも、高校時代に哲学に出会ったんですよね?

原田 そうです。私は中島義道先生の本に出会ったのがきっかけでした。

岡本 すごいですね!初めに中島さんの本って…打ちのめされるよね(笑)。なんでハマったんですか?

原田 尾崎豊の大ファンだったので。歌詞に「自由」とか「生きる」という言葉がいっぱい出てくるじゃないですか。尾崎豊そのものが実存的というか。

岡本 ああ、なるほど。イメージ的にはそうですね。

原田 哲学書にそういうことが書いてあるって、知らなかったんですよ。初めて中島先生の本を読んだ時に、「尾崎がテーマにしていることを友達に話しても盛り上がらないけれど、こういう本を読めば書いてあるんだ」と初めて知って、嬉しかったですね。

岡本 やっぱりちょっと、ほかの人とは角度が違いますね(笑)。同じようなことを考えている友達は周りにはいなかったのですか?

原田 いなかったです。だから一人で哲学書を読みまくりました。先生の『いま世界の哲学者が考えていること』もすごく楽しく読ませていただきました!

岡本 ありがとうございます。