ノーベル賞経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ教授(コロンビア大学)は、世界は2009年に5つの教訓を学んだという。どれも重要だが、どれも過去、学んだことのあるものでもあった。われわれはいつになったら経験を生かせるのか。
ジョセフ・E・スティグリッツ (Joseph E. Stiglitz) コロンビア大学教授。1943年生まれ。2001年ノーベル経済学賞を受賞。クリントン政権の経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁などを経て現職。 Photo(c)AP Images |
2009年について、強いてよいところを見つけようとするならば、それは「もっと悪い年になる可能性もあった」ということだろう。2008年後半には絶体絶命の危機にあったように思われたが、なんとかそこから回復し、2010年は世界中のほとんどの国にとって、ほぼ確実に、もっとよい年になるだろう。
また、世界は貴重な教訓をいくつか学んだ。ただしそれは、現在・将来の繁栄という点で大きな犠牲を強いるものだった──そして、われわれがすでに同じ教訓を学んでいたことを思えば、それは不必要に大きな犠牲だった。
第一の教訓は、市場は自己修正がきかないということである。
まったくのところ、適切な規制がなければ市場は暴走してしまいがちなのだ。2009年、われわれは再び、なぜ(アダム・スミスの言う)「見えざる手」が実際に「見えざる」ことが多いのか、その理由を思い知らされた。なぜなら、そんな「手」は存在しないからだ。
銀行が私利を追求しても(=貪欲)、それは社会の幸福にはつながらない。いや、銀行の株主や社債保有者にさえ幸福をもたらさない。もちろん、家を失いつつある住宅所有者、職を失いつつある労働者、老後の蓄えが消滅してしまった年金生活者についても同様だし、銀行救済のために数千億ドルを払わされる納税者にとっても得るところはない。
「システム全体が崩壊する」という脅迫を受けて、本来は人生の緊急事態に遭遇した不運な個人を救うためのものであるセーフティネットが、市中銀行に対して、さらには投資銀行、保険会社、自動車会社、さらには自動車ローン会社にまで寛大に差し伸べられた。こんなにも巨額のカネが、これほど多くの人びとから、かくも少数の者の手へと渡った例は過去にない。