丸市倉庫は1949年創業、山梨県甲府市に本社を置く老舗物流企業である。倉庫保管、流通加工、輸送・配送といった実務を長年担ってきたが、近年は物流全体を設計・管理する「物流マネジメント」へと重心を移している。ただし、ここで注目すべきは事業領域の広がりそのものではない。丸市倉庫は、自社の考え方を、あえて“特許” (出願済)という形で固定したことだ。その理由にこそ、同社の問題意識が凝縮されている。
発端は、倉庫や配送の現場で日常的に聞こえてくる、社員のイライラやモヤモヤだった。予定通りに指示を出し、ルールも守り、数字上も整合している。それでも、現場には説明し切れない停滞感が残る。後工程に負担が波及し、誰かが無理をする。その違和感は、長く「感情の問題」として処理されてきた。堀内信社長はこう振り返る。
「正直に言えば、以前の私は、現場の声を『文句』だと受け止めていました。感情的になっているだけではないか、チームワークの問題ではないか、と考えていた時期もあります。ですが、それは私の誤りでした。現場のイライラやモヤモヤは、決して後ろ向きな感情ではなく、数字や報告書に表れるよりも前に、異常を知らせる最初の警報でした」
感情を業務データの
起点に据える新発想
物流の現場では、段取りのゆがみや指示の遅れ、契約と実態の乖離といった小さなズレが、連鎖的に後工程へ波及する。最初にそれを察知するのは、現場で手を動かす人間である。しかし、その段階では、論理的な説明はまだ難しい。違和感はまず、感情として表出する。
「人は異常を感じたとき、まず感情で反応します。その時点では、何が原因なのか、うまく言葉にできません。だからこそ、その声を評価せず、正誤も付けず、そのまま残すことが重要だと考えました。私はこれを『人間センサー』と呼んでいます」
同社は、この自然言語としての違和感を、業務データの入り口に据えた。愚痴として切り捨てるのではなく、異常信号として蓄積する。その上で、どの工程で、どの判断が、どの結果につながったのかを因果構造として整理していくことにしたのだ。
この取り組みは、やがて物流業界全体が抱える構造的な問題へと接続されていく。日本の物流は、荷主と物流会社による2者間取引が基本である。この構造の中では、問題が起きた際に「結果」だけが切り取られ、原因の検証が不十分なままということが多い。
「物流業界では、納期やコストといった結果だけが注目されがちです。前工程での発注の仕方、情報の出し方、契約条件の設計、等々。それらが後工程である物流に影響を与えているにもかかわらず、従来の枠組みでは行為と結果を結び付けて説明する共通言語が存在しません。因果関係が見えれば、荷主とも感情論ではなく、事実を基に話ができます。同じデータを見ながら議論できれば、対立ではなく改善に向かえるはずです」と堀内社長は語る。
こうして同社が構想したのが、現場の自然言語を起点に、行為・影響・因果・説明責任までを一貫して扱う仕組みである(上図参照)。この骨格は、従来のハインリッヒの法則を、現代物流に合わせて再構成したものともいえる。単なる安全管理理論の援用ではなく、事故以前に存在する“判断の連鎖”そのものを可視化しようとする試みである。
「ハインリッヒの法則」を
丸市倉庫流に再構成
ハインリッヒの法則は、「1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットがある」という比率の法則として知られている。
「私は、ハインリッヒの法則を『事故の法則』としてではなく、『因果の法則』として捉え直す必要があると考えました。結果の前に、必ず判断があり、行為があり、その積み重ねがある。その途中段階を扱わない限り、責任の議論は感情論になります。だから私たちは、事故の手前にある“判断の連鎖”を、目に見える形で残そうとしたのです」(堀内社長)
人が代われば失われてしまう思想を、再現可能な構造として残すため、同社は特許という手段を選んだ。
特許化に当たっては、事業を伸ばす知財スペシャリストとして評判の正林国際特許商標事務所が伴走した。現場の感情をデータとして扱い、因果構造として定義するという前例の少ない発想を、思想ではなく技術として言語化し、権利の形に落とし込んだ。
「この仕組みは、1社だけの競争力のためではなく、業界全体が納得感を持って改善していくための土台になる。そう確信できたことが、特許に踏み切った理由です。現場の違和感を切り捨てず、判断の連鎖を記録し、後から説明できるようにする。その積み重ねが、結果として公正さを生む。これは物流に限らず、多くの組織に共通する課題だと思います」(堀内社長)
丸市倉庫の特許は、現場の声を起点に、因果を可視化し、説明責任を果たす。その設計思想そのものを、知財として固定した点に本質がある。現場のつぶやきは、最も早い警報である。その警報をどう扱うかという問いに、丸市倉庫は特許という答えを提示したのだ。


