昨年燃え盛った「消えた年金」問題の解決のめども立たないうちに、「消された年金」問題が火を噴いた。社会保険庁のずさんと腐敗が暴かれる陰に、本質的な問題が隠されていると思われる。

 それは、霞ヶ関官僚の法制度の改正と、それを受けて全国の徴収現場で職員たちが執行する力との大きな乖離である。社会保険事務所における現場実務も能力も考慮に入れずに、ひたすら机上で制度設計に励む厚生労働官僚の罪、と言ってもいいだろう。

 国民皆年金制度が導入された1961年以降、年金制度はさまざまに改正されてきた。例えば、1986年、それまでは「従業員5人以上の法人企業」であった厚生年金加入義務が、「すべての法人企業」に拡大された。

 全国294万法人(2005年国税庁統計。公益法人を含む)、事業所数でいえば約230万(2004年総務省統計)が、社会保険庁にとっての厚生年金適用対象になったのである。

 ところが、総務省行政評価局が調査したところ、230万事業所のうち70万事業所が社保庁に届出を出さずに、厚生年金に未加入だった。社保庁はその存在を把握できず、加入義務を課すことができていなかった。その70万事業所に勤める人々は、厚生年金の受給資格がない。

 「消された年金」144万件は、あくまで厚生年金に加入している事業所160万のなかから発見された。だが、消されるどころか、「存在しない年金」が、2004年の総務省調査によって明らかになっているのである。

 では、なぜ総務省調査なのだろうか。「年金制度は誰のものか」(西沢和彦・日本総合研究所主任研究員著。日本経済新聞出版社)によれば、公的年金を所管する厚生労働省が実態調査をしてこなかったからだ。

 「2004年6月、「厚生年金の未適用事業所、いわゆる厚生年金の空洞化の実態について問い質した民主党議員の質問趣意書に対し、政府は「厚生年金保険を適用すべき事業所であって厚生年金保険の適用事業所となっていない事業所(未事業所)の総数にはついては把握していない」と木で鼻をくくったような回答しかしていない」(129㌻)とある。