石坂 まず新システムのICAS(関係会社間費用配賦システム)を導入し、内部請求を一元管理した上で、システムに税制を考慮した費用配賦計算をさせ、関係会社の請求額を正確に算出するように構築しました。さらにそのデータを予算管理システムに連携させ、請求する側とされる側のデータを完全に一致させることで、グループ間請求の予算策定の精度を向上させました。

 それまでの関係会社間の内部請求は、エクセルでのデータ収集やオフラインのコミュニケーションを通じたマニュアルでのデータ入力だったため、工数がかかりデータの不整合や漏れなどのエラーもありましたが、一気に解消されました。

 また請求額が決まった後も、各拠点と交渉しながら請求書を回していき、1件ごとの入出金の管理に至るまで業務が積み上がり、現場からは「この請求やらなくてもいいですか」という相談が多くありましたが、予算方針、ワークフローも同時に整理したため、そのような問い合わせは一切なくなりました。

 さらには、予算データを実績データに更新し、実績費用での配賦計算を行い、その結果をグローバルERP(統合基幹業務システム)に連携することで、各国法人の請求処理を自動化しました。これにより、請求タイミングとデータの相互完全一致を実現し、関係会社間の取引確認にかかるコミュニケーションコストを大幅に削減しました。また新システムによる請求書の自動作成とデータの同時共有で、業務スピードがアップしました。

――具体的にどのくらいの工数を削減できたのでしょうか。

石坂 担当者はグループ総計50人超で、各社それぞれ約100件の案件を扱っていましたが、現在、担当者は請求の基礎データを入力するだけで、その後の請求額の適正な計算から、予算・会計システムの最終連携までを、新システムが迅速かつ正確に実行しています。

 関係会社間取引のデータを、予算策定から実績処理に至るまで包括的かつ正確に取り込み、財務データの品質向上につなげられたことで、各セグメントで製品別のPL(損益計算書)の自動作成機能も追加開発することができました。

協和キリンが成し遂げた業界先駆的な税務DXとは。クロスボーダービジネスと国際税務業務の間に生じた経営課題の解決を実現

――DXの効果をどのように感じますか。

石坂 システム化によって、関係会社間請求に関わる予算方針や業務ルールの整理も進み、各担当者の役割がシステム・ワークフロー内で明確になりました。これによりグループ全体で統一された運用が可能となり、業務の標準化と効率化が実現しました。

 会社間の請求業務運用の標準化は、税務ガバナンスの向上だけではなく、資金管理予測や連結決算処理の精度向上、包括的な入出金管理の業務効率化など、財務管理全体の品質向上も実現しました。

 さらに想定外でしたが、税務管理のデータが、経営の視点からも非常にニーズがあることも分かりました。中でもグローバルでの役務貢献費用の定量データ、キャッシュに連動した法人別・製品別損益データが、経営全体に関わる組織再編や事業の取捨選択の判断材料にも使われるようになったことは、副次的ではありますが大きな効果です。

山口 税務領域のDXが経営にまで好影響を与えたという点が、今回のトランスフォーメーションの中で非常に重要だと考えています。

 DXにより、税務部門はもはやルーティン業務を行う裏方ではなく、経営を共に担うビジネスパートナーとして、価値提供をする役割に変わったのです。このことは他の企業にとっても、後回しにしがちだった税務領域のDXを早急に検討する十分な理由といえます。

――この先もプロジェクトは続くとのことですが、EYと共に実現したいDXのゴールをどのように描いていますか。

石坂 今回は当社にとっても初めての試みでしたが、これをグループの取引全体を包含するまでに拡大したいと考えています。その上で、新システムから得られる高精度な財務および税務データを蓄積したデータベースを活用して、将来収益のシミュレーションや事業ポートフォリオ管理においてデータドリブンな経営判断を実現することを目指したいと考えています。

 今後もEYさまと一緒に、データ分析の精度を高め、より洞察に満ちた戦略的提言を得て、データを基盤とした先見的な経営判断を実現し、事業の成長と競争力の強化を図っていきたいと考えています。

山口 多くの企業が手付かずの税務領域において業界先駆的なDX事例となったのも、協和キリンさまの情熱の下、チームで一丸となって挑んだ結果です。

 今後もOne Teamで一緒に考え抜いて、理想とするDXの実現に貢献してまいります。