何をやり、何をやらないかを決めること。これは戦略上の要諦の1つである。しかしトレードオフの制約は、デジタル技術によって無効となる場合がある。ハイテク vs. 人間らしさ、利益 vs. 社会的意義といったトレードオフを乗り越えている企業の事例を紹介する。

 

「戦略とは、厳しい選択をすることである」という格言が広く受け入れられている。マイケル・ポーターロジャー・マーティンをはじめとする経営思想の大家たちが、20年以上にわたって唱えてきたからだ。

 だが、サンフランシスコ・ベイエリアで上級幹部らのコミュニティにコンサルティングを提供する我々の経験に照らせば、今日の市場リーダーが従っているのはヨギ・ベラのアドバイスである。「分かれ道に来たら、とにかく進め」。厳しい選択を迫られた時、イノベーターはトレードオフを乗り越える方法を見つけ出す。難しい二者択一に悩むライバル企業をよそに、イノベーションの旗手はどちらのメリットも手にするのだ。

 ●取引と絆の両立

 デジタルにおける顧客とのつながり方について、多くの企業は「取引」(トランザクション)か「絆」(リレーションシップ)のどちらかを選択しなければならないと感じている。

 ソーシャルメディア擁護派はCEOに、売上げへの執着をいましめ「売り込むよりも、つながりなさい」と説く。商売ばかりを重視すれば顧客との絆が危うくなる、というわけだ。一方、販売戦略の専門家たちは、ソーシャルメディアの効果は往々にして、過剰に期待されていると言う。関係性ばかり重視して取引をなおざりにすれば、会社のリソースを浪費することになる。両陣営の主張をふまえれば、取引と絆のどちらを選ぶかは厳しい判断であるように思える。

 化粧品販売業のセフォラは、取引と絆を両立する方法を見事に探し当て、トレードオフを乗り越えることで業界のリーダーになった。同社は活気あるEC事業を運営しながら、顧客との絆を強めるコミュニティも持っている。

 特に見事なのは、取引と絆を同一の体験の下に統合している手法だ。セフォラの「ザ・ビューティ・ボード」というサイトでは、コミュニティメンバーは、お気に入りのメイク写真とそれに使った化粧品の情報を一緒にアップできる。メンバーの写真をクリックすればプロフィールや投稿を閲覧でき、製品をクリックすれば買い物ができるという仕組みだ。

 ●ハイテクとハイタッチの両立

 近頃では、テクノロジーによる人の仕事の消失、そしてテクノロジーへの依存による人間関係の希薄化が懸念されている。コミュニケーションのデジタル化が進むにつれ、顧客との個人的なつながりが薄れていく。一縷の望みは、テクノロジーをより人間的に見せることだろう。

 アパレル業界では、企業はハイテクとハイタッチ(人間的なふれあい)のはざまで選択を迫られる。スタイルシーク(StyleSeek)のようなECサービスは、「アルゴリズム」と地面に書かれた道を選んでいる(同社は最初にユーザーに好みのスタイルを画像選択させ、そのデータに基づいて自動で商品を推奨する)。対照的に、百貨店ノードストローム傘下のトランク・クラブ(Trunk Club)が進んでいるのは「パーソナルなサービス」の道だ(オンラインで顧客を実際のスタイリストとつなぎ、アドバイスを提供する)。

 これに対して、同様の分かれ道に近づいた時、両方に進むことを選んだのがスティッチフィックス(Stitch Fix)だ。新規顧客はまず、自分の体型、ファッションの好み、ライフスタイルに関する質問事項に答える。進化を続けるアルゴリズムが、それを基にしてスティッチフィックスの専属スタイリスト向けにお勧めを生成する。最終的に、スタイリストが自身の知識、そして顧客との関係に基づき、お勧め商品の品ぞろえを決定する。

 同社の最高アルゴリズム責任者エリック・コルソンが、ネットフリックスの元データサイエンス責任者であること、そしてCOO(最高執行責任者)のジュリー・ボーンスタインがセフォラの元CMO(最高マーケティング責任者)であることは、偶然ではない。この2人がタッグを組んで、ハイテクとハイタッチのトレードオフを乗り越えている。