正解が一つではない時代、「生きる力」を養うには
「今の社会は、かつての“いい大学に入って、いい企業に就職すれば安泰”という時代とは大きく違っている」
立命館宇治中学・高等学校で教鞭を執る酒井淳平氏はこう語る。2020年度の新学習指導要領により、22年度から全国の高校でスタートした「総合的な探究の時間」は、単なる新科目ではなく、生徒の将来を大きく左右する“人生のきっかけ”になりうるものだという。
「正解が一つではない多様化した社会を生きる上で大切なのは、与えられたことをインプットするだけではなく、自分自身で疑問を持ち、問いを立てて、自ら知識を構成していく力を養うこと。これが探究学習の狙いです」
世界の教育も、知識を習得するだけの「コンテンツ・ベース」ではなく、知識を活用する力を育成する「コンピテンシー・ベース」にシフトしている。「コンピテンシーとは“さまざまな行動の中で発揮される有能さ”を表します。数学を例に取ると、2次関数を学んで終わるのではなく、2次関数を学ぶことを通してどのような力が身に付き、何ができるかが重視されます」
高校の総合的な探究の時間は、3年間で105時間以上の実施が求められている。内容ややり方は学校によってさまざまだが、生徒たちは3年間かけて、図表1のような「探究的な学び」を何度も経験していく。
「出発点は、自分自身で何らかの問いや疑問を持つことです。それが探究するテーマになります。その課題に対して情報を集め、分析し、アウトプットし、周りからフィードバックをもらう。そうすると次の課題が出てくる。いわば学びのサイクルを回していくというわけです」
高校で扱う「テーマ」について、新学習指導要領には「自己の在り方、生き方と密接に関わっているもの」と書かれている。小中学校にはない視点だ。
「高校は、将来の進路を考える大事な時期です。探究の学びの中で、自分が興味があることは何か、どんなことを極めたいかを考えることは、大学で何を学びたいか、その先のキャリアをどのように歩んでどんな生き方をしたいかを考えることにつながります」
酒井氏は高校での「探究」と「キャリア教育」は密接に関わっていると考え、両者を核としたカリキュラム作りに取り組んできた。
「探究を通じて、生徒は“外の世界”を意識するようになります。地域の人や専門知識・経験を持った人に話を聞いたり、フィールドワークに出かけたりして、学びが学校外に展開していく。自分が社会の担い手であることを実感し、さまざまな大人に出会うことで自分の進路や生き方をより具体的にイメージする貴重な機会にもなります」
また、このような学びを通して、学習への「内発的な動機」も育ち、結果的に他の教科の成績向上にもつながる。
酒井氏は、自分主体で物事を考えるようになり「以前とガラッと変わった」生徒を何人も見てきたという。
