ドル円相場は底堅さを保てるか、さらに大きく落ち込むかの重要な節目である100円近くで膠着している。今年の急激な円高・ドル安を受け、対応に遅れた輸出企業や投資家のドル売りが上値を抑える一方、100円という水準は日本の輸入企業や一部機関投資家のドル買いに下支えされている。海外投機筋の円買い戦略は日本勢のドル買いに何度か行く手を阻まれた。最近は100円をめどに円買いを一部巻き戻し、投機筋も100円の壁の強化に一役買っている。
ドル円が100円を大きく割り込むと、市場参加者の行動と心理が変化し、90円台定着の可能性が高まりやすい。輸出企業はドル売り水準を100円付近に引き下げよう。機関投資家は、ドルの押し目買いより、既保有のドル資産の値下がりを回避するヘッジのドル売りを思案しよう。輸入企業はドル買い出動の下値めどを見いだしにくくなる。投機筋は目標を90~95円に切り替えるはずだ。相場の潮目では需給分析が要になる。
もちろん相場の底流でファンダメンタルズの諸要因は効いている。しかし、ある時期に支配的に見えたドル円変動要因も、短期的な需給の変調に見舞われて相場の説明力を一気に削がれる場合がある。例えば、2012年までの数年間の米国債2年物利回りである。安倍相場の始動で、市場参加者は金利などに構っておられず、既保有のドル売り円買いを損失回避のために巻き戻した。これでドル円と米金利の連動は壊れ、ドル円と金利を自己実現的に結び付けるプログラム取引が撤収され、金利相場の様相は薄れた(グラフ上参照)。
12~15年には、金利相場の次は日米量的金融緩和格差とはやされ、やはり自己実現的な取引が活発化した(グラフ中参照)。しかしそれも、今年初めに米景気減速でドル安に弾みがつくと、日本銀行の異次元緩和の継続にもかかわらず、円高に転じた。最近は日米金利から期待インフレ率を差し引いて算出する実質金利差の説明力が高い(グラフ下参照)とされるが、本来為替の短期変動の感応度は、計算の一手間を要する実質金利より、名目金利に対して高い。支配的な相場要因の効力を見定めるには、相場の短期需給が分析の重要なポイントの一つになる。
中期的にドル円相場が100円台に踏みとどまるには、米国の景気信頼感と複数利上げ期待の早期醸成が必要。相場の底流で米金利上昇が日銀政策の円安作用をじわりと持ち直させる展開だ。しかしこの環境が整う前に、需給のささいな振れだけで90円台へ陥落しかねない危うさを警戒している。
(ドイツ証券グローバルマクロリサーチオフィサー 田中泰輔)