「カメラ回ります――」

 スタッフの1人が短く告げた。空気が緊張を帯びる。「音をたてないで」。音響担当の男性が、目配せで記者にそう伝えた。全員の視線が注がれるのは、バスルームの洗い場で風呂イスに腰掛ける全裸の男性。沈黙を破ったのは、艶やかで甘ったるい女性の声だ。

「お兄ちゃん、わたしたちもお風呂入ってい~い?」

現場に潜入!“アダルトVR”はこうして作られる現場で演技を担当した古川いおりさん(右)、桐谷まつりさん(中央)、飛鳥りんさん(左)

 裸体にバスタオルを巻いただけの3人の女性が、男性を取り囲む。優しげな微笑みを浮かべながら、石けんの泡で男性の体を洗っていく彼女たち。すると、監督が動いた。小型のホワイトボードに何かを書き込み、カメラの死角から女性たちにかざす。視界の片隅でそれを認めた彼女たちは、一切自然体を崩すことなく、行為をエスカレートさせていった――。

 通常のアダルト作品の撮影現場と異なり、カメラマンの姿がない。その代わり、男性の顔の前には360度まで撮影可能なパノラマカメラが三脚で固定されている。ここはアダルトコンテンツメーカー・SODクリエイトのVR作品の撮影現場。VRとはゴーグルの内側に映像を写しだすことで仮想現実を体験できる仕組みのことだ。

 今年2016年は「VR元年」と呼ばれ、さまざまな企業が目まぐるしい勢いでVRコンテンツに着手している。映画、ゲーム、教育、観光とその裾野は極めて広く、もちろんアダルト業界にもVRの波は押し寄せている。独創的な作風に定評のあるSODクリエイトは、いち早くVRコンテンツに注力し始めた企業のひとつだ。

 VRは私達にどのような映像体験をもたらすのか。何ができて、何ができないのか。その可能性を探るため、SODクリエイトの撮影現場を取材した。

立ちふさがるVRの制約

「VRの撮影はほんとに大変。普通のAVの撮影とは全然違うのです」

 SODクリエイトで作品を手がけるらくだ監督はそう語る。最大の特徴は一発撮り、すなわち最初から最後まで一度もカットせずに撮りきらなければならないということだ。

 通常のAVならば撮影中にトラブルが起きた場合、そこで一度カメラを止め、続きの撮影分を編集でつなぎ合わせることができる。VRの場合はそれができないため、問題が起きたら最初から撮り直しになるのだという。なぜか。

「アダルトVRはあたかも視聴者自身が女性と触れ合っているような感覚が最大の売り物。だから没入感や臨場感が重要になります。しかし、VR映像の途中で編集が入ると非常に気持ち悪いのです。没入感が失われ、現実に引き戻されてしまう」(らくだ監督)