民主党政権の誕生から1年半が経過した。もはや、2009年7月の総選挙時の民主党マニフェスト(政権公約)が破綻しているのは誰の目にも明らかで、医療分野でもマニフェストで約束した医療費と医師数の大幅増加は実現されそうもない。その一方で混合診療の全面解禁論の復活、医療ツーリズムによる外国からの患者受け入れなど医療に市場原理を導入しようとする動きも出ている。はたして民主党政権が進めようとしている医療政策によって、国民は本当に安心して医療を受けられるようになるのか。2月に出版された『民主党政権の医療政策』(勁草書房)の著者で、医療経済・政策学研究の第一人者である日本福祉大学教授・副学長の二木立(にき・りゅう)氏に話を聞いた。

――リハビリテーションの専門医でもある二木教授が、医療経済・政策学を研究するようになったきっかけは何ですか。

二木 立(にき・りゅう)
1972年、東京医科歯科大学医学部卒。代々木病院リハビリテーション科医長・病 棟医療部長を経て、1985年に日本福祉大学教授として赴任。2009 年に同大学副学長に就任。近著に『民主党政権の医療政策』(勁草書房)がある。

 1980年代前半の中曽根(康弘)内閣の頃から、医学の論理ではなく、財政危機を理由に、医療・社会保障費と医師数の抑制政策が強行されるようになりました。それに対して説得力のある政策提言をするためには、医師出身者が医療の実態や特殊性をふまえた上で、医療経済を分析する必要があると考えたからです。そこで最初は診療をしながら研究を始め、1985年から日本福祉大学に移り、今に至っています。

――30年近く医療経済・政策学を研究してきたその目から見て、この1年半の民主党政権の医療政策をどのように評価していますか。

 60年もの間、ひとつの政権が続いたことは異常なことです。権力の独占を防ぐためにも、政権交代が起こったことは歴史的意義があると思います。しかし、正直なところ、民主党の医療政策には評価する点がほとんど見つかりません。

 中曽根政権以来、日本では四半世紀もの間、厳しい医療費と医師数の抑制政策が行われました。医療にかける予算を抑えると、十分なスタッフを確保することができず、適切な医療をするのが難しくなります。実際、目に見える形で産科や救急医療などで医療危機に至りました。国民が安心して医療を受けられるようにするには、医療費を増やすことは必要条件なのです。

 ですから、民主党が2009年の総選挙マニフェストで、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均並みに医療費と医師数を引きあげるという数値目標を掲げたこと自体は高く評価します。しかし、日本の医療費をOECD平均並みに引き上げるには、最低でも年間6兆円の財源が必要です。これを国家予算の組み替えや税金の無駄遣いの根絶、霞が関埋蔵金の活用で捻出するのは無理な話で、当初から実行可能性は疑問視していました。