生産性向上を個人に押し付ける「働き方改革」の矛盾

 昨年末の電通に続き、年明けの1月上旬、違法な長時間労働を部下に強いたとして三菱電機と当時の上司が書類送検された。さらに先週は、大手旅行代理店のエイチ・アイ・エス(HIS)に強制捜査が入った。こちらも違法な長時間労働の疑いで、法人としてのHISと労務担当幹部の書類送検を視野に捜査を進めているという。

 労働基準法違反で、法人だけでなく社員個人も書類送検される事例は、何も電通や三菱電機、HISに始まったことではない。しかし、これだけの有名企業が立て続けにあげられ、しかもメディアで大々的に報道されたことは、あまりないのではないだろうか。それだけ、安倍政権における「働き方改革」が本気だということだと思う。その働き方改革の要点はご存じのように「長時間労働の是正」であり、それと関連する「労働生産性の向上」である。もちろん、無駄な長時間労働がなくなり、生産性が向上すれば、従業員にとっても企業にとってもハッピーなことである。

 しかし、実際現場から聞こえてくるのはブーイングの嵐だ。とくにそれは、20代独身のハイスペック女子から聞こえてくる。長時間労働是正は、女性活躍推進の文脈からも語られることが多い。長時間労働を是正してワークライフバランスを実現することは、働く女性のためになるというロジックなのだが、これが当の女性たちからは評判が悪い。なかには、あからさまにワークライフバランス(という考え方を)批判する女子もいる。その理由については、以前の第145回で詳しく書いたが、要するに「もっと仕事したい、働きたい」と考えている女子たちに、「働くな」と言っているからだ。

ビジネスにおける「適齢期」とは?

 高学歴・高キャリアのハイスペック女子が、なぜ「もっと働かせろ」と言うかというと、彼女たちは成長意欲が高いからだ。スポーツでも芸術でも学問でもそうだが、スキルを上げ、能力を上げるためには、「適齢期」というものがある。たとえば、16歳くらいからギターを始めて、偉大なロックギタリストになることは可能だが(そういうギタリストは数多い)、同じような年齢からピアノを始めて、クラシック畑のコンサートピアニストになるのはまず不可能だ。クラシックの世界で勝負するには、5歳や6歳くらいから、キチンとしたレッスンを受ける必要がある。アスリートも、成長期にキッチリと練習をしてスキルを上げておかないと、世界で通用するアスリートにはなれない。

 一般的に、ビジネスの場合はその適齢期は20代で、20代のうちに職業訓練を受けて経験値も上げておかないと、30代以降の成長が難しい。ハイスペック女子たちはそのことを知っているから、20代のうちにもっと働かせろと言っているのだが、働き方改革の議論を見ていると、どうもこの志向性とは真逆の方向に進んでいる。実際、電通が書類送検されて以降、今まで以上に労務管理が厳しくなったという声が多く、残業は月30時間以内、もちろん持ち帰り残業は禁止、早朝残業も禁止といった感じだ。