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【東日本大震災・現地レポート】
大津波に奪われた“穏やかな余生”は取り戻せるか
牡鹿半島で“陸の孤島”となった「特養」の壮絶な闘い

加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]
2011年4月5日
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 ゴゴッ、ゴゴゴッという地鳴りに身構える…。

 宮城県石巻市の牡鹿半島の取材中に何度となく体験した余震は、他で経験したのとは違う不気味なものだった。

 仙台湾の北端にある牡鹿半島は、3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震の震源に向かって突き出たところにある。不気味な地鳴りは、他の地域に比べて震源域に近いせいだろうかと思ってしまう。

入居者にあわせ、津波を逃れた避難者も
定員の倍120人が暮らす「特養」

 「地震の当日は、どーんと突くような衝撃だった。ここは岩盤が固いから揺れが少ないと言われるが、半端な揺れではなかった。そこからは地獄。歩けなかった。今も大きな余震が続くが、これくらいの地震の地鳴りにはもう慣れてしまった」

おしか清心苑の鈴木静江施設長。入居者から職員までの状態に目配りを続ける。自身が住んでいた鮎川の住居も津波で破壊された
Photo by Yoriko Kato

 そう語るのは、特別養護老人ホーム「おしか清心苑」の鈴木静江施設長だ。鮎川地区の高台から三陸の海を臨む同ホームには、震災前には入居者がほぼ定員の60人ほどいた。全て、寝たきりや認知症で重度の介護を要する平均で85歳の高齢者たちだ。

 そのホームで今、地元の鮎川浜のグループホームから避難してきた高齢者16人と職員6人、その家族、そして、家を失ってしまった清心苑の職員たちが加わり、定員の倍の120人ほどが暮らしている。

 牡鹿半島は津波でほぼすべての集落が壊滅状態となったため、周囲の特養ホームは、施設ごと流されてしまったところも多い。

 「とにかく電気とガソリンが欲しい。暗いとお年寄りが不安がります。身体を拭いてあげたいが、寒いのでそれもできない。職員が家の様子を見に行くこともできない」(鈴木施設長)

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加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]

気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。最新刊は『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)。
ブログ:http://katoyori.blogspot.jp/


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