「ゲームチェンジ」は製造業にとって絶好のチャンス
高まる地政学リスク、待ったなしの環境問題、AIの目覚ましい進化。今や、これまでの勝ち筋が通用しない「ゲームチェンジ」が日常となった。不確実性が極めて高いこの状況は、日本の製造業にとってむしろ絶好のチャンスといえる。予測不能な変化への柔軟な対応が求められる中でこそ、品質や技術力を長年にわたって磨き上げてきた底力が生きるからだ。
では、どうやって「ものづくりゲームチェンジ」を攻略していくのか。2026年2月19日に開催されたウェブセミナー「製造業の未来」では、ものづくり経営学の第一人者である早稲田大学教授・藤本隆宏氏、ヤンマーホールディングス取締役CDOの奥山博史氏、早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構上級研究員の速水悟氏など有識者が多数登壇し、日本の製造業が未来を切り拓く道筋を探った。
同セミナーに登壇したNTTデータ グローバルソリューションズ第一事業本部長の八木将樹氏は、「製造業の未来を切り拓く基幹系(会計/企業予算管理/SCM)統合DX―次の10年を支えるSAP変革モデル―」と題した講演を行った。
「コアモジュール+周辺SaaS」でシームレスなデータ連携を実現
NTTデータ グローバルソリューションズは、NTTデータグループにおけるSAP事業の中核会社として2012年に設立。SAPソリューションをベースに、日本企業のDXやグローバル展開における経営精度の向上を支援してきた。設立当初の社員数は約100人だったが、現在は約600人へと拡大。SAPビジネスへの貢献度や顧客満足度の高いパートナー企業を評価するアワード「SAP Appreciation for Partner Excellence 」を13年から14年連続で受賞している。
そうした実績を踏まえて八木氏は、近年のERP(統合基幹業務システム)プロジェクトの在り方が大きく変わってきたと指摘した。
「従来のERPプロジェクトの多くは、財務・管理会計や生産計画、販売、受注・出荷といった基幹業務のコア機能の導入にとどまっていました。需給調整や顧客管理、製造実行やそのスケジュールなどのMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)、データ統合・分析、業務プロセス管理といった周辺業務は、ERPプロジェクトの対象外として切り離され、それぞれバラバラに構築されていました」(図1参照)
【図1】
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図1において、紫色で示したERPのコアモジュールは、その周りの青色で示した周辺業務とそれぞれ連携させることで、ERPが目指す「現場業務から経営判断までリアルタイムにつながる経営プラットフォーム」を具現化する。しかし、周辺業務のシステムが、マニュアル作業やサードパーティー製ソリューションで個別に構築された従来の状態では、その実現は困難だ。
「業務の実態を経営へ、そして経営の意思を業務へと循環させる仕組みの実現には、シームレスなデータ連携が鍵となる」と話した八木氏は、SAP製品について次のように続けた。
「最新のSAP製品は、SAP S/4HANAをコアモジュールとして、周辺業務を自社製SaaSで包括的にカバーしつつ、全業務を一気通貫かつリアルタイムに連携できるようになっています(図2参照)。同時に、各業務プロセスをシームレスにつなぐことで、トランザクションシステムにデータを蓄積できます。このデータを成長と変革のために使いこなせるよう翻訳して一元化し、SAP製品に埋め込まれたAIエージェントに連携させます。こうして、新たな時代の企業経営に求められる業務アプリケーション、データ、AIを提供・推進していくのがSAPのコンセプトなのです(図3参照)」
【図2】
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【図3】
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そして、言うまでもなく、各データの連携がなければAIエージェントは適切に動かない。いくらAIをシステムごとに実装しても、連携していなければ意味がない。
「SAPのAIデジタルアシスタント『Joule(ジュール)』は、データ分析やコンテンツ作成などのタスクを対話でサポートする機能を搭載しています。しかし、『来年度の予測を作成してください』とプロンプトを入れても、実績データしか入っていなければ予測はできません。予実管理などさまざまな業務にひも付くデータと連携ができて初めて、AIは力を発揮するのです」
NTTデータ グローバルソリューションズ第一事業本部 事業本部長
八木 将樹 氏
新卒で大手コンサルティングファームに入社し、会計系プロジェクトを担当。転職した大手電機メーカーでは中国・アジア地域におけるERPシステム導入プロジェクトをリード。外資系IT企業でグローバル・アウトソーシング・BPOプロジェクトを推進するなど、プロセス・組織改革に携わった後、現職。
「統合ERPと連動したAI基盤」が実現させる四つのDX
裏を返せば、ERPを周辺業務領域と統合し、シームレスなデータ連携を基にしたAI基盤を構築すれば、スマートな意思決定と変革が実現できるということ。八木氏は、ERP統合ソリューションと連動したAI基盤の構築によって、「四つのDXテーマ」が実現できると語った。
具体的には、計画系と実行系のDXである①「シンクロナイズドプランニング」、②「会計領域のDX」、予算とサプライチェーンマネジメント計画(需要・供給・在庫・生産)をリアルタイムに整合する③「FP&A(Financial Planning & Analysis)DX」、企業全体の業績を計画・予算・予測・報告して分析・可視化する④「業績管理DX」だ(図4参照)。
【図4】
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①「シンクロナイズドプランニング」は、需要・供給・在庫・生産計画・製造実行を、同じ時間軸、同じ前提条件でつなぎ、計画と現場をリアルタイムで同期する。もし本社の生産計画と製造現場で分断が起こると、欠品や過剰在庫の発生要因となる。サプライチェーン計画ソリューションである「SAP IBP」で需給計画を立て、生産スケジューラー「SAP PP/DS」で生産投入の指示を出し、製造実行、構内物流へと落とし込むことで、こうした事態を回避できる。
「生産スケジューラーを外部ツールで運用するケースはよく見られましたが、これではシームレスな連携が難しいのが実情です。生産スケジューラーをSAPソリューションの中に組み込めば、データを適切に連携でき、生産から在庫管理までの工場内作業全ての効率化・自動化が実現します。だからこそ、『スマートファクトリーの実現基盤』の構築を見据えて、周辺SaaSも含めてSAP製品を導入する企業が増えているのです」
②「会計領域のDX」は、取引記録から監査対応まで、さまざまな手作業が残りがちな財務経理部門の決算業務プロセスや、業務データのデジタル化を実現する。
「決算業務のデジタル化といっても、タスク管理のみにとどまったり、会計データとの連携を意識していなかったりするケースが目立ちます。勘定照合や仕訳入力、明細の突合、差異分析までデジタル化したいが、現実にはできていないとお悩みの企業は意外と多いのです。手作業を見直して『会計領域のDX』を進めないと、表計算ソフトを置き換えただけになってしまって効率化が進みません」
③「FP&A(Financial Planning & Analysis)DX」は、予算・経営計画と、需要・供給・在庫・生産のサプライチェーンマネジメント計画を、リアルタイムに整合させることを意味する。これにより、経営目標に沿った実行可能な計画立案と、迅速な意思決定が可能になるという。
「売り上げ目標に対して実績が足りないとき、金額ベースだけではなく数量に換算し、サプライチェーンマネジメント計画を見直す必要があります。SAP IBPなどのモジュールを活用し、生産するモノの動きと金額をいかにつなげていくかが重要です」
④「業績管理DX」は、グループ全体の経営管理を効率的かつ迅速に行うことを意味する。これも決して簡単ではないと八木氏は話す。
「よくあるのが、海外を含む各拠点でバラバラにデータを入力し、表計算ソフトに統合して経営層に届けて業績管理をしているケースです。データの粒度が異なるため、統合にも分析にも手間や時間がかかります。このプロセスのためだけに40人のスタッフを配置しているような企業もあります」
この課題を解決するには、統制を利かせたシステム入力基盤と、ビジネスインテリジェンス機能を持つEPM(Enterprise Performance Management:企業業績管理)システムの実現が肝要だという。そうすることで、各拠点でデータ粒度を均一化できるため分析が容易となるからだ。各システムの連携により情報の流れも可視化でき、迅速な経営判断も可能となる。
八木氏は、「例えば、関税率が急に変更となった場合、為替変動も含めグループ全体の利益にどれだけのインパクトがあるかを、瞬時にシミュレーションすることも可能です」と話す。そして、コアモジュールであるSAP S/4HANAを周辺領域に拡張していくことで、さまざまな領域のDXを加速させることができるとし、改めて「データ基盤」の重要性を強調した。
「これから、AIエージェントが自律的に連携して業務を進める時代がやって来ます。それを効果的に活用するには、学習の基となるデータの正しさが非常に重要となりますので、社内の全業務でデータ基盤がシームレスにつながっていることが大前提です。そこに業務プロセスを組み込み、かつEnd-to-Endで全体最適を図ることで、AIのさらなる有効活用が進み、スマートファクトリーや経営の高度化の実現につながっていくはずです」
(図5参照)
【図5】
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全ての業務をシームレスにつなぐデータ基盤が、製造業の未来を切り拓く。「その環境の構築を通じ、変化に強い経営の基盤づくりをご支援することで、真のDXの実現に貢献していきたいと思っています」と述べ、八木氏は講演を締めくくった。
