手術前と違う生活になり
落ち込む場合も

 たとえば、喉頭がんで喉頭全摘したケースでは声が出せなくなりコミュニケーションの障害が起こるなど、手術で臓器の全部や一部を切除すると機能障害によって日常生活に制限が出るかもしれません。抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けてしまった場合は、髪の毛が生え揃うまではウィッグや帽子、スカーフなど着けて過ごしたり、治療前にはなかった苦労にも直面します。体の一部を切除した場合は、日常的な動作が制限されるだけではなく、見た目が変わってしまうことへのショックもあるでしょう。

 とくに心配なのは、再発や転移の恐怖が患者さんの心に大きなストレスを与えることです。がんになった患者さんの心が不安定になるのは当然のことですが、ひどい落ち込みが続く場合は、専門的な治療が必要になることもあります。

 がんの患者さんには、治療後もさまざまな心配事が待ち受けています。そして、この本の「はじめに」でもお話しした通り、これまで、がんの治療は、「がんと闘う」「がん細胞をやっつける」など、悪者を退治するイメージで語られることが多かったように思います。

 しかし、がんになった細胞も自分の細胞であり、自分の体の一部なのです。がん細胞も自分の一部だと思えば、「襲われる」ものでもないし、「闘う」ものでもないはずです。

 がん化した細胞を増やさないように、どのように受け入れて、日々の暮らしをしていくのか。それを考え、長期で実践していくのがこれからの治療ではないかと思います。

 実際、私の患者さんのなかには、毎日、朝いちばんで放射線療法を受けてから、会社に行き、週末は海外出張に行ったアクティブな人もいました。がんになったから、いろいろなことをあきらめる、という時代ではないのです。

やみくもにがんを恐れず、自分らしい人生を送るためには、がんに対する正しい知識が必要です。そして、がんになっても、あなたがあなたでなくなるわけではありません。ちょっと種類の違う人生が、これからも続いていくのです。

 あなたがあなたとして生きていくためには、食事を工夫したり、軽い運動をしたりして体調を整え、日常生活のなかでできるだけ体と心の苦痛を取り除きながら、その人らしく生きていくことを支援する……現在のがん治療のゴールは、そんなところを目標にしているのです。

 退院してから5~10年ほど、定期的な受診のために通う期間。自己判断でやめずに、きちんと通うこと。