東京電力福島第1原子力発電所の放射能漏れ事故に対する損害賠償額は、東電の支払い能力をはるかに上回り、経営基盤を揺るがす。電力安定供給を維持し、賠償方法を確立し、株式、債券の暴落による金融不安を回避するためには、公的関与の“被災者救済策”が必要だ。政府原案が明らかになった。
“被災者救済策”の政府原案が明らかになった。それは、9電力会社の共同出資による「原子力賠償補償機構(あるいは基金)」と呼ぶべきものである。
計画停電で生じた混乱への対応に追われていた経済産業省(資源エネルギー庁)電力・ガス事業部に、4月から新たなミッションが加わった。東電には賄い切れない損害賠償金を捻出するスキーム、被災者救済、ひいては“東電延命案”の策定である。
東電の純資産は約3兆円で、仮に事故で退避した10万人個々に300万円を賠償すれば3000億円が消える。農産物や海産物の被害を上乗せすれば数兆円規模に達し、支払いは長期にわたって続く。他方、計画停電や節電による減収、原発停止による燃料費増、廃炉費用計上による財務の劣化も免れない。債務超過の危機が迫り来る。東電の資金調達はこれまで、高い信用力を背景にした直接金融に依存してきた。有利子負債残高の約7割を社債が占める。
事故直後に、市場の警戒感は高まり、株価は約5分の1に暴落した。また、長期格付けの相次ぐ引き下げとともに、社債の信用リスクを取引するクレジット・デフォルト・スワップのスプレッドも急上昇した。東電リスクは東北電力など他電力会社にも波及、同指標を引き上げた。
東電の社債残高は約5兆円で、東電債を含む電力債総残高は約13兆円に上り、事業債60兆円市場の約4分の1を占める。東電債がデフォルトすれば、多くの機関投資家が損失を被り、金融システムの混乱は必至だ。なによりも、電力の安定供給のために、破綻させるわけにいかない。
3月末日、8取引金融機関が1兆9000億円の緊急融資に応じ、資金調達難の東電を支えた。しかし、最大の貸し手である三井住友銀行の融資残高は1兆円を上回り、業務純益7700億円をはるかに超える規模になった。「銀行個々のリスクで貸し続けるには、限界がある」(メガバンク幹部)。そこで浮上したのが、9電力会社による相互扶助方式である。