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連載経済小説 運命回廊
【第3回】 2011年4月25日
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村上卓郎

南洋の風

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(2005年10月、マレーシア)

 東南アジアに位置するマレーシアは、タイの下に伸びるマレー半島と、ブルネイ王国を除くボルネオ島の北半分から成り立っている。

 国民の過半数を占めるマレー系民族、すなわちモスリム(イスラム教徒)が政治を握るこの国はイスラム圏国家の一員を標榜しているが、イギリスの植民地として統治されていた時代の名残りのために華僑や印僑も多く、その実態は多民族国家であり、穏健な政治体制の下で、経済は完全な資本主義社会を形成している。

 トレンガヌ州は、マレー半島の東海岸に位置してタイと国境を接しており、その州政府はマレーシア国内でもイスラム色が強いことで有名だ。その州都、クアラトレンガヌの町から森深い山岳地へと向かう昼下がりの道を、白いプロトン・ウィラが疾走していた。

 かつてマハティール首相が唱えたルックイースト(日本に学べ)政策の核として、日本の自動車メーカーが提供する部品のノックダウン生産からスタートしたプロトン社の車は、最高とはいえなくともコストパフォーマンスでは十分満足出来るものだった。

 対向車と離合できるギリギリの道幅でガードレールもついてないワインディング道路を慣れたハンドルさばきで運転しているのは、日本人の青年だった。道路の両側にパーム椰子のプランテーションが広がっていたが、標高が徐々に上がるにつれて周りは自然のジャングルへと景観を変えていく。

 朽ちかけた板に『LIM AND SONS SAWMILL』とペンキで記された看板が路傍に見えると、白いセダンはその矢印の方向へとハンドルを切った。垂れ下がる樹々の葉に目隠しされた砂利道に入り、底を擦らないようにスピードを殺してゆっくりと車を進めていくと、左右を遮る緑のカーテンが途切れて急に視界が開けた。

 目の前にペンキで白く塗られた平屋の事務所棟が現れ、その奥に広がる工場の方からは製材機が唸るけたたましい騒音が耳に響いてくる。事務所前のスペースに車を停めて青年が降り立った。綿パンに半袖のポロシャツというラフな格好だが、手には黒いサムソナイトのアタッシュケースを提げている。

 痩せて面長な容貌は短く刈り込んだ髪とともに精悍さを感じさせるが、意思の強さを感じさせる一重なのに大きな目と皺一つない頬のあたりに幼さを残している。事務所のドアを開けると、褐色の顔の上にモスリムを表す白い布を頭に着けた事務員のおばちゃんが声を掛けてくれた。

 「スラマットダタン(いらっしゃい)」

 青年は片手を上げて笑顔で応えた。事務所の奥にあるデスクに足をのせて革張りチェア―にふんぞり返っていた中年男が、立ち上がって近付いて来る。

 「ハイ、コーイチ。車でKL(クアラルンプール)から来たのか、何時間かかった?」

 ミスター・リムが、商売上手の華僑らしく笑顔で出迎える。いかにもチャイニーズマレーシアンの典型といった体型をしており、せり出た腹をバティックシャツで覆っていた。丸顔の禿げ頭という人懐っこい外見に騙されがちだが、実際には交渉ごとにおいて二枚腰三枚腰を出してくるハードネゴシエイターだ。

 「6時間。でも、朝のドライブは気持ちいいよ。高速道路でクアンタンまで出て、海岸沿いの道を走ってきたんだ」

 「ハハハ。コーイチは若いなあ、羨ましいよ」

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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