いまだ7万9000人が避難生活を送る福島県。住民が全町・全村避難を強いられる多くの自治体で、この春一斉に避難指示が解除される。そんな中発表されたある英語論文が福島の放射線問題の関係者に静かな衝撃を与えている。原発事故後に、政府が避難や除染の目安としてきた、住民の外部被ばく線量の推定値が、実測値より大幅に過大だったことが明らかになったのだ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木洋子)

 JR福島駅から阿武隈山地の裾野に抱かれた桃の果樹園を眺めながら、ワンマン運転の阿武隈急行に揺られること30分で伊達市に到着する。福島市のベッドタウンであり、東京電力福島第1原子力発電所から約50キロメートル離れた農業が盛んな地域だ。伊達市では、約6万人の市民ほぼ全員が参加して、ガラスバッジ(個人線量計)を使った個人ごとの積算外部被ばく線量の測定が行われてきた。

 ガラスバッジはガムやミントタブレットの外箱ほどの大きさの機械で(下写真)、これを首から堤げるなどして身に着けて生活すると、一定期間に自分がどのくらい外部被ばくしたかが計測できる。放射性物質の拡散による住民の被ばくを心配した県内の自治体がガラスバッジを住民に配布する例は多かったが、伊達市ほどの数を配布したところはほかにない。

 市は配布したガラスバッジを定期的に回収して、個々人が調査期間中どのくらい被ばくしたかを測定してきた。

 昨年12月6日。こうして集まったデータを、個人情報を消したビッグデータ化した上で分析した、宮崎真・福島県立医科大学助手と、早野龍五・東京大学教授の共著による英語論文が、英国の放射線関連の論文サイト、Journal of Radiological Protectionに掲載された。専門論文のサイトでありながら全世界で2万4000以上ものダウンロード数を記録したこの論文で分かったのは、「これまで政府が除染・住民避難の根拠としてきた外部被ばく線量は、実態よりかなり大きく見積もられていた」ということだ。