デジタル・マーケティングの第一人者、モハン・ソーニー教授へのインタビューの3回目。ソーニー教授は、デジタル化をとことん進めても、対象としている顧客はあくまで「人間」だという。機械的に顧客をデータとして捉える発想に警告を鳴らした上で、これからのあるべきデータアナリティクスとクリエイティブの関係を語る。聞き手は、博報堂の安藤元博氏と山之口援氏。
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――前回のお話で顧客の購買データだけではなく、顧客を包括的に見なければいけないというお話がとても印象的でした。博報堂は、「コンシューマー」という言葉ではなく「生活者」という言葉を使うようにしています。ソーニー教授は顧客をどういう言葉で言い換えられますか。

モハン・ソーニー
(Mohan Sawhney)

ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授
イノベーション、戦略的マーケティング、ニューメディア領域において世界的に著名。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院における当領域の責任者。世界経済フォーラムのフェローでもある。戦略コンサルタントとしては、アクセンチュア、アドビ、AT&T、ボーイング、デル、GE、ジョンソン&ジョンソン、マイクロソフト、マクドナルドなどに助言している。

モハン・ソーニー(以下略):「生活者」という表現は非常にエレガントだと思いますし、人本主義的で、哲学的でさえあるような見方に思えます。英語では、包括的(holistic)というより、人本主義的な見方(humanistic view)というのが当たるのではないでしょうか。複雑に絡み合った事情、豊富で深い経験、それぞれの生活の味わいなど、顧客を生活者と成すすべての要素と絡めて見ているわけですね。こうした情報を用いて、生活者としてのレベルで顧客とインタラクションするわけです。私の思いつく一番近い表現は、人本主義(humanistic)です。もはや顧客とか、消費者とかいう言葉を使うのはやめたほうがいいかもしれませんね。これは、「あなたは、私の収入源に過ぎない」と伝えているようなもので、経済最優先の呼び方です。「あなたは、ただ単に購買者なのだ、あるいはユーザーなのだ」と。ですから、顧客を生活者と考えるのは、よい方向性だと思いますね。

 この文脈で気づいたのですが、私たちは、機械が人間を凌駕して、すべては自動化されアルゴリズムが世界を牛耳ると考えることがあります。ですから、人本主義(humanistic)と表現する場合、我々は最終的には人間のためになることを考えているのだ、という原則を思い出させてくれます。生活者同士のつながりを作っていこうとしているのであって、アルゴリズムと自動化だけの話ではない、ということです。

 これからクリエイティブの領域にも自動化が進むかもしれません。しかし、最終的には、我々は人間と関わっているのです。マーケターも人間であり、これからも創造的な発案をします。顧客も人間で、人間としてのマーケターを受け入れてくれるわけです。自動化やアルゴリズムやその他あらゆるテクノロジーを取り入れていきながらも、人間性(humanity)というものを忘れてはならないと思います。

安藤 元博
博報堂 執行役員
エグゼクティブマーケティングディレクター
1988年博報堂入社。以来、50を超える企業の事業・商品開発、キャンペーン開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)。

――クリエイティビティについてお話がありましたが、自動化が進むなかでクリエイティビティの役割も変わってくるのでしょうか。

 それは肝心なポイントだと思います。クリエイティブに変化を及ぼす2つのことが起こったと思います。

 1つ目は、単発のクリエイティブで通用しなくなるということです。年に一度のスローガンを発案することだけが、クリエイティブの役割という状況ではなくなったということです。「中心的なコミュニケーション案」とか「カギとなる洞察」と以前呼んでいたような、一つの大きな創造的アイディアを発案し、それを数年間あの手この手で推し進める、というだけでは創造性を発揮したと言えなくなってきました。

 今や、クリエイティブとはもっときめ細かくなりました。ブランドの物語はひと言で終わるわけではありません。それをどう語るべきかを考えると、コンテンツを毎日創造する必要があるのです。物語の中には、ストーリーの展開に必要な細かい構成要素がたくさんあります。ですから、私たちは物語を創造し続けなければならないのです。物語には長い脚が必要なのですが、その脚はたくさんのステップを踏まなければならないのです。ですから、創造する必要のあるコンテンツの量は膨大になりました。従来は、5つの広告を打てば済んだかもしれませんが、いまや、500のコンテンツが要求される場合があります。それはビデオのコンテンツかもしれないし、ブログかもしれないし、レポート類かもしれません。ですから、それへの対応は、変化し、進化し、迅速でなければならない。それが1つ目の変化です。

 2つ目の変化は、クリエイティブがアナリティクスによって、より力を得られるようになったということです。なぜなら、どの物語が顧客の心に響いているか、人々はどのようにインタラクションしているのかがアナリティクスによって把握でき、そのループをずっと速く回すことができるのです。我々はよく、ショットガン・アプローチとライフル・アプローチの違いを話します。ライフル・アプローチとは、ターゲットを絞ったアプローチですが、いまや、マシンガン・アプローチが必要となっています。とにかく撃ち続けて、何が効果的かを見て、調整していくというやり方です。こうして撃ち続け、データによって顧客インサイトが得られるのです。