1)クリエーティビティー
 2)クリティカル・シンキング
 3)コミュニケーション
 4)コラボレーション

 ここで全ては語りませんが、例えば、批判的思考とも訳される「クリティカル・シンキング」というものは、まさに父の教えそのもの。皆が当たり前に言うことを本当かなと疑ってかかる力のことをいいます。

常識を疑うことの意味

 大人になってから、なぜ僕に「先生すら疑え」と言ったのか、父に本意を尋ねたことがありました。

 すると父は「『うそを教えるぞ』とまで言ったかは覚えとらんけど」と前置きした上で、「俺はもう人に倣うなちゅうてね、全部自分でやってきた。修業とか、弟子入りとかもせんかった」と言いました。

 実際、父は、焼き肉店を開くと決めたときも誰かに教わりにはいきませんでした。いきなり、卸問屋にいって「肉を買わせてくれ」と。お店の人に「いや、いきなり来ても卸せんよ」と断られた。そうしたら、「何で」とけんかを始めてしまうほどでした。教わればオリジナルを超えられないという考えがあったからです。

 例えば、友人から「脱サラして豚骨ラーメンの店を開きたいがどうしたらいいか」と相談があったとします。あなたなら、どう答えますか。普通ならまず、人気店に弟子入りしたり、調理学校に入って勉強したりした方がいいと答えますよね。ですが、孫家であれば、「今すぐに豚骨を煮る」というところから始めるでしょう。これが豚骨ラーメンを作る上での第一歩だからです。

 実際にこれをやってみると、臭くて臭くて仕方がなく、そんなスープは捨てるしかないのですが、最初はそれも知らないと思います。

 ただ、においが問題だと分かれば、臭み消しの野菜を入れてみようとか、鶏がらを交ぜてみようかだとか、次につながるようにいろいろと試行錯誤を重ねるようになる。そうこうしているうちに、他の店にはないイノベーションにつながると考えているわけです。

 兄の孫正義も同じです。兄より優れている分野の専門家から提案やアドバイスを受けても、「いまいちだな」とか平気で言う。ああでもない、こうでもないとずっと自分の頭で考えるのです。

 これでは時間がかかるので、手っ取り早く専門家に頼んでしまうのが普通ですが、世の中で「定石はこうだ」といわれていることでも、定石だといわれる理由が分かるまで、「やっぱりそうか」と腹落ちするまで、追体験するのです。