ビビリな人ほどキレる!
中高年を取り巻く「不安」の正体

 そもそも怒りをコントロールできないのが“キレる”ということ。その怒りを理解するには、大まかに3つの視点があるという。

 まず始めに、「怒りは二次感情である」という点だ。

 私たちは「楽しい」「おいしい」「悲しい」「驚き」といった様々な感情を日常の中で体感している。これらは一次感情と呼ばれ、反射的・反応的な感情だ。しかし、こと「怒り」に限ってはこれらと異なり、二次的に自分が生み出す感情なのだ。山下院長は「怒りはあくまでも二次感情です。そして、その二次感情を生みだす一次感情は不安です。つまり、すぐ怒る人は極めて不安耐性の低い、いわば『ビビリな人』なのです」と話す。

 たとえば、道を歩いていて、乱暴な運転手のせいで車とぶつかりそうになり、歩行者が「危ねーじゃねーか!」と運転手にキレたとする。しかし、歩行者の本音は、実は「怖かったじゃねーか」なのだ。まずは「怖かった」という一次感情が湧き、その後「次はしないでほしい」という防衛本能から、怒りという二次感情が生まれ「危ねーじゃねーか!」と怒鳴るというわけだ。


「長年生きてきた中高年は、多くの不安を抱え続けています。頼るべき親もいない、先生もいない。そして、人は先が見えないと不安になりますが、実は先が完全に見えきってしまっても、同じくらい不安になるのです」

「この先も同じ会社にいて、給料はいくら、お小遣いはいくら、買えるものはこんな感じ、妻とはこう、子どもとはこう、そしてそのまま定年を迎えて死んでいく…。こんな状況では誰も希望は見出せません。つまり、先が見えない不安、そして先が見えきってしまう不安、この2つの状況が相まって不安が強くなってしまう方がいるのです」

 こうして常日頃から、中高年が心に抱き続けている不安。それはいつ爆発するとも知れないマグマだまりのように、心の中に溜まり続ける。

「人の心の中には“不安を溜めるバケツ”があり、私たちが日常の中で感じている様々な不安はそのバケツに溜まっていきます。そして、それがいっぱいになったところに別の不安が生じると、ついには不安がそのバケツから溢れ出し、それが「怒り」という二次感情となって出現するのです」(同前)

 つまり、直前に起きた出来事だけでキレるのではなく、むしろ問題の本質は、日常的にその人の心のバケツが不安で満たされてしまっていることにあるのだ。実に些細なことも、人間には「不安」として認識される。たとえば睡眠不足や疲労、残業やネットなどでの夜更かしも、中高年のキレを加速させる要因なのだという。