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社債投資のケーススタディ 〜『入門 社債のすべて』応用編〜
【第5回】 2017年4月21日
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土屋 剛俊

プロでも読み切れなかった倒産のタイミング:
エルピーダメモリ

本連載では、『入門 社債のすべて』より、具体的なケーススタディを挙げながら、社債投資で注意すべき視点を紹介していきます。5回目はエルピーダメモリです。プロにも予想外の展開となり、損失を被った会社も多かったようです。

 半導体メーカー、エルピーダメモリの倒産劇はクレジット市場の関係者にとって衝撃的でした。筆者はエルピーダ倒産時における債権者の一人(正確には債権者の従業員)であり、同社の法的倒産手続きに多少なりとも関わったことで、本邦の企業倒産処理実務の問題点を自分なりに実感できました。しかし、詳細については公開されていないことが多いことから、ここでは公開情報ベースでポイントを述べます。

 エルピーダは、いわゆるプロのクレジット投資家の多くが損失を被った、珍しい銘柄です。

プロのクレジット投資家にも予想外の展開となったのはなぜか?(写真はイメージです)

 日本の半導体の競争力低下はかねてから指摘されており、市況が回復しない限りいずれかのタイミングでデフォルトする可能性があるとみる向きは多く、結局2012年2月に破綻しました。しかし、実は破綻の一報が届く直前まで、少なくとも2012年3月満期の債券は償還される(=3月末までは倒産しない)と思われていたのです。

 倒産する可能性があると思っているなら手を出さなければ良いじゃないかと思われるかも知れませんが、倒産の可能性が高いと思われている銘柄は残存期間に関わらず価格が大きく低下します。もし、短い期間なら倒産しないのであれば、危ない会社の発行している残存期間の短い債券には大きな投資妙味があることになるのです。そのような理由から、プロの投資家達は3月満期の債券を多く保有していました。

 同社は2月14日に発表した2011年度第三四半期報告書に継続企業の前提について不確実性が指摘されていました。しかし、2009年6月に産業活力再生法の適用を受け、認定された事業再構築計画が2012年3月末までのものであり、それに基づいて日本政策投資銀行が主導したシンジケートローン700億円の満期を4月2日に迎える予定でした。市場は、公的な金融機関が関与したローン案件をいきなりデフォルトさせる可能性は低いと考えていました。シンジケートローンの借り換えに応じないことが法的破綻の直接の原因となれば、経済産業省主導で実行したシンジケートローンが倒産の引き金を引いたことにもなるためです。

 3月満期の債券はシンジケートローンの満期日(=折り返し予定日)より前であったことも安心感を醸成していました。また、一般的にあれだけ大きい会社が法的に処理される場合は、政府が相応の関与をすると市場では信じられており、エルピーダに関しても例外ではないと思われていました。

 つまり最終的な判断に至るとしても、関係各社の調整にかなりの時間を要するであろうと考えられていたのです。前述の通り、エルピーダに関して、当時の市場関係者の多数派の意見は、4月3日のローンの折り返しが1回はなされ、秋くらいまで猶予が与えられ、そこまでにメドがつかなければいよいよ法的処理の可能性があるのではないかというものでした。ただし、公開情報に基づく市場の予想などというものは、基本的に想像でしかないため、市場が正確に倒産のタイミングを予想できないのは当然ですが、それまでの商慣行からある程度のシナリオを予想していました。

 ところが2月の下旬、それも金曜日でもないタイミングで、預金を他行に送金したうえで裁判所に倒産を申し立てるという、大企業の破綻プロセスとしては想像を絶する形で倒産が発表されたのです。

 これは、市場の予想を完全に裏切った動きでした。エルピーダの倒産は、一流外資系のトレーディングデスクに大きな損害をもたらしたという噂が駆け巡りました。エルピーダは日本の一流半導体メーカーのメモリ部門を統合させて鳴り物入りで発足させた日の丸半導体メーカーであり、もし時の政権が自民党であったなら違った展開になったであろうと思われます。エルピーダに関しては、所轄官庁の関与度合い、当時の民主党政権の関与度合い、救済候補者であったマイクロン社の動きなどについての読みを誤ったわけですが、いずれにしてもそれ以前の大型倒産のパターンとは随分と異なる展開であり、その結果として、いわゆるプロのクレジット投資家に想定外の損失をもたらす結果となったのです。

 エルピーダメモリは、本業が悪化しているにもかかわらず、定性的な要因から倒産のタイミングを予想し、その点に賭けるという投資パターンに影響を与えました。日本の製造業に関しては、倒産の有無やタイミングに対して、政府や銀行などの大口債権者の立場をあまり織り込まなくなったのです。同時に、その後のエレクトロニクス系企業の業績悪化に際して、市場が過剰反応する副産物を生む結果ともなりました。

管財人との戦い開始

 エルピーダでは、ヘッジファンドも完全な負け試合となってしまいましたが、プロとしては負けっぱなしというわけにはいきません。そこから先は回収価値を最大化させ、できるだけ損失を抑えなければなりません。

 ここから、管財人との戦いが始まりました。エルピーダの3月債に関しては、参加者の多くは満額償還されるという前提で投資をしていましたが、それ以降に満期がくる債券に関しては、倒産を視野に入れたプライシングとなっていました。要するに、3月償還の債券の値段は高く、それ以降に償還される債券の値段は大きく値下がりしていました。倒産を視野に入れたプライシングをするためには、どれだけ正確に回収率を見積もるかが勝負となります。

 エルピーダの場合、商品そのものに競争力がないわけではありません。負債が大きかったことで価格競争力を発揮できていなかったため、仮に法的な倒産となっても、再生プロセスで一定レベルまで債務を削減すれば再生は十分可能であると見られていました。現在のマイクロンメモリジャパン(旧エルピーダ)をみても、その判断が正しかったことは証明されています。回収率の予想をするうえでは、弁済可能な金額を算定して既存債務に割り付ける作業を行いますが、相当保守的にみても40%は十分に回収できるであろうと市場参加者たちは読んでいました。ところが、実務の世界では、それほど簡単にいかなかったのです。

 企業再生において不可欠なのは新しいスポンサーであり、新スポンサーからすれば、投資する資金が少なければ少ないほど良いのは当然です。また再生計画を認可する裁判所としても、再生に失敗して二次破綻する可能性が高い計画より、債務を多く削減して再生可能性がより高い計画のほうが認可しやすいでしょう。

 もちろん更生計画案は債権者によって可決されないことには成立しません。どうしても合意を得られなければ、再生は諦めて破産・清算に移行しなくてはなりません。債権者としてもあまり高い弁済率を求めて二次破綻につながっては意味がない一方、弁済可能な額を大幅に下回る回収率しかない案を認めるわけにもいきません。落としどころを探さなければならないのです。ここはお互いの利害が衝突しますので、非常に厳しい交渉となります。

倒産後の交渉力を推し測る

 倒産した会社の再建計画の認可は、基本的には担保で保全されているグループと無担保グループで別々に行われます。担保付きと無担保で、弁済率に差が出るためです。通常の再建計画では、両グループの合意を得なければなりません。しかし状況によっては、片方のグループの合意だけで、計画が認可されることもありえます。

 金額の多寡や再建プロセスにおける追加ファインナスの可能性など、いろいろな要素を考慮して、最終的にどのような計画が策定されるかが決まるのです。極端な場合、あるグループにとって非常に負担の大きい計画が策定され、そのグループの債権者たちがその案を認めなかったとしても、全体的な再建計画が裁判所に認可されるケースは存在します。

 エルピーダの場合は、海外のヘッジファンドや外資系投資銀行が相当量の債権を保有していました。管財人との交渉に際し、無担保債権者はグループを作り、独自に弁護士を雇って、自分たちの回収率を最大化すべく交渉を始めました。

 再建計画策定に際しては、再建途上の資金繰りも当然極めて重要であることから、管財人は銀行との交渉を優先する傾向にあります。エルピーダの場合も、担保で保全されている銀行団への弁済が優先され、無担保部分は投資家が想定していたよりはるかに低い数字が提示されました。提示された案を到底受け入れられない無担保債権者は、独自にスポンサーを探し始め、債権者主導の再建計画を策定して提出しました。しかし、最終的に受け入れられず、無担保債権者にとっては、不満の多く残る結果となりました。

 結局、法的破綻プロセスにおける交渉の過程においても、いかに交渉力を強くもつ立場に立てるか、が勝負の分かれ目になります。

 ハイイールド投資を行う際には、ある程度の倒産の可能性を考慮せざるをえません。そして、もし法的処理に移行してしまった場合の交渉力の強弱をきちんと分析したうえで投資判断を行う必要があります。再建計画の策定プロセスにおいては、どうしても新スポンサーの意向や担保で保全し、かつ再生中の資金を供給可能な銀行の意向が通りやすいということは、十分に認識する必要があります。回収率の予想をする際も、そういった点に注意して価値の予想をしなければなりません。

 エルピーダで多くのプロが損失を被りましたが、一番の要因は倒産タイミングが予想より早かったことです。倒産するその日まで、翌月満期の社債までは償還されると大半の投資家が考えており、その時点では合理的な判断だったと思われます。経営立て直しに向けた提携交渉が相次いで暗礁に乗り上げた背景でさまざまな関係者の思惑も絡み、倒産が早まったかなり特殊なケースだったようです。同様のケースが今後発生する可能性は低いですが、社債投資のリスクの一形態として認識しておくといいかもしれません。

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土屋 剛俊(つちや・たけとし)
みずほ証券金融市場本部シニアエグゼクティブ
1985年一橋大学経済学部卒、石川島播磨重工業入社。87年野村證券に入社し、野村バンクインターナショナル(英国ロンドン)、業務審査部(現リスクマネジメント部)を経て、野村インターナショナル(香港)にてアジア・パシフィックの非日系リスク管理部門を統括。97年チェース・マンハッタン銀行東京支店審査部長。2000年よりチェース証券調査部長。01年より野村證券金融市場本部チーフクレジットアナリスト。05年より野村キャピタルインベストメント審査部長。07年よりバークレイズ証券ディレクター。13年11月より現職。明治大学非常勤講師(99〜01年)。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員。著書に『財投機関債投資ハンドブック』(金融財政事情研究会)、『新版 デリバティブ信用リスクの管理』(シグマベイスキャピタル)、『日本のソブリンリスク』(共著、東洋経済新報社)。


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