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遺伝子は、変えられる。 ――あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実
【第5回】 2017年5月8日
著者・コラム紹介バックナンバー
シャロン・モアレム,中里京子

学校一の問題児、その原因は「ソーセージ」!?
「遺伝子の口に合う食事」があなたの人生を救う

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「遺伝で決まったことを、変えられるわけがない」――もしこれが、「完全に間違っている」としたら? 今話題の遺伝子のトピック「エピジェネティクス」を解き明かした極上のノンフィクション『遺伝子は、変えられる。』から、著者の「遺伝学者×医師」シャロン・モアレムがその豊富な研究・臨床経験で出会ったあるひとりの男の子のエピソードをご紹介しよう。「注意力の欠如」「学校一の問題児」の原因が、もしある遺伝子にあったとしたら――。

「かいじゅうの王様」リチャードに
ほんとうに必要だったもの

 ぼくがリチャードに初めて出会ったのは、2010年の春、雨の降りしきるマンハッタンのある朝のことだった。

 診察室にぼくが足を踏み入れたとき、彼は、部屋中を跳ねまわっていた。ぼくはやがて、それはこの子のふだんの姿だと知ることになる。

 もちろん、10歳の男の子が手に負えないのは、ごくふつうのことだ。だがこの少年は『かいじゅうたちのいるところ』の主人公マックスの回りをぐるぐる駆け回るような子だった。そのため学校ではかなりの問題児になっていた。

 しかし、リチャードが最初に病院に来た理由は、そのためではなかった。彼は脚の痛みを訴えて来院したのである。

 それ以外の点では、そして目で見る限り、リチャードは健康児の見本だった。新生児のときのスクリーニング結果? 完璧に正常だ。最近受けた毎年の検査は? 完全に平均値の範囲内だ。実のところ、彼はあまりにも健康に見えたので、何かおかしいところがあるということにだれかが気づくには、しばらく時間がかかった。そして、とても優秀な医師のグループが彼の執拗な訴えに耳を傾け、非常に非科学的で簡単な「成長痛」という診断を排除していなければ、真実が判明することはなかっただろう。

 脚の痛みの原因がわからなかったため、医師たちは遺伝子検査を行った。そしてその結果、リチャードが、OTC欠損症(注:オルニチン・トランスカルバミラーゼ欠損症。身体がアンモニアを尿素に変えるプロセスが正常に働かなくなる遺伝病)を患っていることが判明したのである。

 しかもリチャードのOTC欠損症は、その表現型がかなり違っていた。通常より高い濃度の血中アンモニアに関連づけられていたかもしれない不可解な脚の痛みのほかは、まったく影響がないように見えていた。

 しかしリチャードの他の症状(ほとんどないに等しかったが)は、とても軽度だったため、彼自身も父親も、何か問題を抱えていることを受け入れるのにやや抵抗を示した。実際、ぼくが彼を診察したある日など、OTC欠損症のある人はタンパク質が多い食品をうまく代謝できないから、低タンパク質の食事を維持するようにと彼自身も両親も再三言われていたにもかかわらず、リチャードのバックパックからは、アルミホイルにくるまれたペパロニソーセージがつき出していたほどだ。

 だが、そのソーセージこそ、なぜリチャードの症状がなくならないかを教えてくるものだった。

 リチャードの家族が気づいていなかったのは、学校と家庭で見られた注意力の欠如は、行動学的なものというよりも、生理学的なものだったということだ。ほとんどの人では、通常より高い濃度の血中アンモニアは、震え、発作、昏睡などをもたらす。だがアンモニア濃度の上昇は、リチャードでは闘争的な性向と注意力の欠如をもたらしていた可能性が高い

 でもここで、正直に言っておこう。ぼくも最初はそのことに気づかなかった。最初の診察では、リチャードには、脚の痛みを改善する目的で、食事療法を厳密に守るように、という指示を与えて帰宅させたのだった。

 リチャードの問題がそれより根の深いものだったことがわかったのは、3か月後に、食事療法を前より厳密に守った状態で彼が再び来院したときだ。脚の痛みは消えていた――それはそれでいいことだった――が、驚いたことに、学校生活がとてもうまくいっていたのだ。落ち着きが出てきて、注意力も向上していた。彼はもう「かいじゅうの王様」ではなかった。

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    受賞歴のある科学者、内科医、そしてノンフィクション作家で、研究と著作を通じ、医学、遺伝学、歴史、生物学をブレンドするという新しく魅力的な方法によって、人間の身体が機能する仕組みを説いている。ニューヨークのマウント・サイナイ医学大学院にて医学を修め、神経遺伝学、進化医学、人間生理学において博士号を取得。その科学的な研究は、「スーパーバグ」すなわち薬が効かない多剤耐性微生物に対する画期的な抗生物質「シデロシリン」の発見につながった。また、バイオテクノロジーやヒトの健康に関する特許を世界中で25件以上取得していて、バイオテクノロジー企業2社の共同創設者でもある。
    もともとはアルツハイマー病による祖父の死と遺伝病の関係を疑ったことをきっかけに医学研究の道に進んだ人物で、同病の遺伝的関係の新発見で知られるようになった。希少疾患や遺伝病への深い洞察は、本書においても大きく活かされている。
    著書に、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストに列せられた『迷惑な進化――病気の遺伝子はどこから来たのか』(NHK出版)、『人はなぜSEXをするのか?――進化のための遺伝子の最新研究』(アスペクト)があり、35を超える言語に翻訳されている。また、医学誌『ジャーナル・オブ・アルツハイマーズ・ディジーズ』のアソシエート・エディターも務めた。
    さらに彼の研究は広く一般でも注目されており、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ニュー・サイエンティスト』誌、『タイム』誌などに掲載されたほか、テレビ番組の『ザ・デイリー・ショウ・ウィズ・ジョン・スチュワート』『ザ・トゥデイ・ショウ』などでも取り上げられている。
    http://sharonmoalem.com/

    中里京子(なかざと・きょうこ)

    翻訳家。20年以上実務翻訳に携わった後、出版翻訳の世界に。訳書に『依存症ビジネス』『勝手に選別される世界』(ともにダイヤモンド社)、『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋)、『不死細胞ヒーラ』『ぼくは科学の力で世界を変えることに決めた』(ともに講談社)、『食べられないために』『ファルマゲドン』(ともにみすず書房)、『おいしさの人類史』『描かれた病』(ともに河出書房新社)、『チャップリン自伝』(新潮社)など。


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