競争資源は「ヒト・モノ・カネ」から「データ・キカイ・ヒト」へ
グロービスは、日本の社会人教育のパイオニア的存在だ。毎年約1000名のMBA志望者が入学する経営大学院に加え、約6700社・約230万人に提供してきた企業内研修、定額制動画学習サービス「GLOBIS学び放題」などの幅広いソリューションを約30年にわたって展開してきた。
10年前の2016年からデジタルに積極投資し、当初0名だったテクノロジー人材は現在200名超まで増加。AIにも生成AI普及以前から力を注いでおり、AIにおける研究・サービス化で二つの特許を取得。10を超えるAI関連サービスをリリースしている。
グロービスグロービス・デジタル・プラットフォーム
マネジング・ディレクター
鳥潟 幸志氏
サイバーエージェントを経て、デジタル・PR会社のビルコム創業に参画し、取締役COOとして経営に携わる。グロービスに参画後は小売・グローバルチームに所属し、コンサルタントとして国内外での研修設計支援を行う。現在は、社内のEdTech推進部門にて「GLOBIS学び放題」の事業リーダーおよび、AI戦略の推進を担う。グロービス経営大学院教員。AICX協会人事AI変革推進委員会委員長。著書に『AIが答えを出せない 問いの設定力』。
鳥潟氏は、グロービスのデジタル部門のトップであるとともに、全社のAI戦略を策定し意思決定する会議体の座長も務めている。講演の冒頭で鳥潟氏は、「今後、AI領域ではアプリケーション・サービスが大きく伸びる」との予測を示した。
「AI関連投資は今後さらに過熱し、25年時点の約43兆円から、32年には約356兆円まで拡大すると予測されています。注目は、その内訳です。現在はハードウエアが多くを占めているインフラ整備期ですが、アプリケーション・サービス領域へとシフトしていくといわれています」
これは、半導体・インフラ領域からSaaS・アプリケーション領域へ価値の中心が移ったクラウド業界の歴史と同様の構造だという。「AI領域も今後、アプリケーション・サービス領域が主戦場になります」。
そうなれば、事業運営に求められる競争資源にも変化が生まれると鳥潟氏は指摘する。
「これまでは、『ヒト・モノ・カネ』をいかに集め、効率的に回して利益を生み出すかが企業における戦い方の原則でした。しかし、AI時代の競争資源は『データ・キカイ・ヒト』です(図1参照)。社内に眠っているクローズドなデータを活用できる状態にし、適切なアルゴリズムやプロンプト(キカイ)で独自性を担保していかなくてはなりません。ヒトは同じですが、求められる質は大きく変わります。従来のリーダーは、作業者を管理する役割でしたが、AI時代は目的を正しく設定し、適切に判断することがより求められます」
【図1】
つまり、「リーダーの再定義」が不可避だということだ。
「現在、AIは日常業務や顧客インターフェースの効率化に多く活用されています。しかし、それらだけだとPL(損益計算書)にインパクトを出すことはできません。重要なのは、ビジネスモデルとワークフローの変革であり、変革をけん引できるリーダーがAIファースト経営には必要です」
「三つの顔」を併せ持つリーダーシップが必要
では、AI時代のリーダーシップとは何か。鳥潟氏は、「三つの顔」を持つことが求められると述べた。具体的には①「コトに向き合う事業開発プロデューサー」、②「ヒトに向き合うパフォーマンス・コーチ」、③「リスクに向き合うAIガバナンス・リード」だ(図2参照)。
【図2】
①「コトに向き合う事業開発プロデューサー」とは、ビジョナリーな問いを設定する存在だ。課題を発見し、問いを設定できなければ、AIに何を任せるのか、どんなエージェントAIを作っていくのかが明確にならないからだ。
では、問いを設定するのにどんなスキルが必要なのか。鳥潟氏は「理想(ビジョン)」を描くためのスキルと、「Howの引き出し」を広げるためのスキルが求められると話す。
「事業開発の前提となるビジョンを描くには、自社の強みとユーザーを深く理解し、競合と比較して勝てる領域かどうかを判断する必要があります。そして、ビジョンを描いても、『Howの引き出し』がないと実装できません。この両輪を回すことが、AI時代のリーダーには不可欠です」
アプリケーションやインフラなどの基本的なAIスキル・知識も必要だ。それらがないと、ワークフローにどう組み込むかをデザインできない。組織に変革を浸透させるリーダーシップや、法規制の適時把握、適切な倫理観を持っているかどうかも問われる(図3参照)。
【図3】
②「ヒトに向き合うパフォーマンス・コーチ」とは、社員一人一人の力を引き上げ、組織の戦略にフィットさせていくことだ。
「グロービスにもAIを深く理解した優秀なテクノロジー人材が多数いますが、中には、技術への関心が高い一方で会社の戦略を深く理解し切れていないというメンバーもいます。しかし、戦略に合わないからと、『AIでこういう事業をしたい』『こんな機能を実装したい』といった声を安易に突っぱねてしまうことは、会社にとってもそのメンバーにとってもプラスにはなりません。『視座・視野・構造』を意識した問いを投げ掛け、個人のHowを組織戦略に接続させていくことがAI時代のリーダーには求められます」
「視座・視野・構造」を意識した問いとは何か。「レイヤーを超える視座の高さについて例を挙げましょう。『君が提案してくれたAIの機能はとても良いし、現場も喜ぶだろう。ただ、会社の戦略とどう整合させればいいだろうか』と問いを投げ掛けることは、リーダーにしかできないものです。そうすることで、メンバーは考えるきっかけを得られます。パフォーマンスを引き出すコーチングの役割も、AI時代のリーダーには求められるのです」。
③「リスクに向き合うAIガバナンス・リード」は、安心して“攻め”ができるよう守りを整えることだ。
「AIのパフォーマンスが大きく向上する一方で、リスクレベルは急速に高まっています。法務部門やコンプライアンスチームに任せるのではなく、現場を理解しているリーダーが正しく把握し、戦略やAI利用状況に応じて最適なGRC(ガバナンス・リスク・コンプライアンス)の手法を選択することが今後ますます重要となります」
ガバナンスについてはAIポリシーの策定やAIガバナンス委員会の設置、リスクコントロールは新規AIツール導入時の確認プロセス設計、コンプライアンスはAI倫理原則の策定やデータの追跡・記録ができるようにしておくことなどが挙げられる。
鳥潟氏はAIリスクの具体的な事例として、AIチャットボットが顧客に誤った案内を行い、企業が損害賠償を命じられたエア・カナダの訴訟についても言及し、「AIを駆動させている責任は、あくまで企業にある」と指摘。問題が顕在化していなくても潜在的なリスクは高まっていると警鐘を鳴らした。
AI時代のリーダーに求められる「四つの能力」
この「三つの顔」を踏まえ、AI時代のリーダーに求められる能力として鳥潟氏が提示したのが以下の四つだ(図4参照)。
【図4】
AI以前は「正解を見つける力」が求められたが、AI時代は正解を求める前に「問いを設定する力」が必要となる。「仲間へ依頼する力」は不要とはならないが、自ら判断して動くエージェントAIが実現すると、それ以前に「AIを設計し稼働させる力」が求められる。
グローバルでは“1人ユニコーン企業”も生まれるほどAIのスピードとパワーが強大となる中、経営層に都度「判断を仰ぐ」ことは機会損失を招きかねない。「決める力」、すなわち意思決定力が問われる時代となっている。
そして、AIが得意とする「合理的な思考力」ではなく、顧客や社員に「共感する力」もAI時代のリーダーに求められる能力だと鳥潟氏は話す。
「お客様や社員はどこで感情が動くのか、リーダー自身が理解した上で、事業開発や組織変革をしていくことが求められるようになるでしょう。事業戦略の策定や人事評価、組織配置といった思考投入(人間が自分の頭を使って考えること)および責任を伴う判断や、最終的な品質の検証といったエラーコストの高い領域での意思決定なども、リーダーの重要な役割になっていくと考えられます」
特に「思考投入および責任を伴う判断」は、鳥潟氏自身、AIに委ねようと試行錯誤したものの徒労に終わったと明かす。AIに任せられることを明確にした上で、AIとヒトの共創を適切にマネジメントすることも、リーダーの役割だといえそうだ。
また鳥潟氏は、暗黙知の度合いとエラーコストの高低でAIと人間(HI=Human Intelligence)の役割分担を整理した上で、文書要約など「形式知かつエラーコストが低い」領域はAIに任せ、事業戦略の策定や人事評価など「暗黙知かつエラーコストが高い」領域は人間が担うべきだとも述べた。
人事部門は経営の戦略的パートナーになるべきだ
講演の最後に鳥潟氏は、AI時代の人事部門に求められるスキルとして「設計力」「マーケティング」「リーダーシップ」の三つを挙げた。
「グロービスの調査によれば、デジタル人材育成が成功している企業には『全社的なビジョン・戦略の提示』『社員が身に付けるべきデジタルスキルの明確化』『変化を受け入れるマインドセットの醸成』『変化に適応する文化』の四つに特徴があることが分かりました。これらを実現するには、人事部門が単なる管理部門という枠組みから脱却し、経営戦略を実現するための重要な戦略的パートナーとなる必要があります。そして、AI時代に適応する組織設計やスキルの明確化、AI活用前提の企業文化の醸成、経営戦略と連動した人材戦略の策定を行うことが求められます」
AIと異なり、人材・組織は合理的ではない。「設計力」「マーケティング」「リーダーシップ」を駆使し、物事を前に進めるために心を動かすことが求められる。
「経営層を巻き込むトップダウン型アプローチと、AI活用の環境を整えて実践知を発掘するボトムアップ型アプローチを組み合わせることで、人事部門がリードする育成支援の効果が最大化します。もちろん、階層によって求められるスキルは異なりますので、育成支援も単に学びっ放しにせず、アセスメントを組み込んで定着・成長させる仕掛けも求められます」
その点、鳥潟氏が立ち上げた定額制動画学習サービス「GLOBIS学び放題」は、アセスメント機能が充実。リーダー・マネジャー層向けの「AI BUSINESS SHIFT」シリーズは、第一線で活躍する大企業のマネジメント層が登場するほか、どうやってAIを組織に浸透させるかが学べるようになっている(2週間の無料トライアル付き)。
「GLOBIS 学び放題」法人向けサイト
https://gce.globis.co.jp/service/hodai/
「AIファーストの経営は、まだ誰も明確な正解を持っていません。だからこそ、人材・組織の育成の在り方も含め、日本企業に根差した正解をご一緒に作り上げていきたいと思っています」と述べ、鳥潟氏は講演を締めくくった。





