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遺伝子は、変えられる。 ――あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実
【第2回】 2017年4月24日
著者・コラム紹介バックナンバー
シャロン・モアレム,中里京子

医師が勧めた「健康的な食生活」でがんに?
「遺伝学者×医師」が食事療法の常識を覆す!

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「親から受け継いだ遺伝子は、絶対に変えられない」――そんな遺伝にまつわる常識は、もはや時代遅れだとしたら? いまゲノム編集と並んでホットな遺伝子のトピック「エピジェネティクス」を解き明かした極上のノンフィクション『遺伝子は、変えられる。』から、著者の「遺伝学者×医師」シャロン・モアレムがその豊富な研究・臨床経験で出会ったあるひとりの男性のエピソードをご紹介しよう。なんと、彼は「健康的な食生活」でがんになったというのだ。いったい、どういうことなのだろう。

「正しい」食べ方を実践してがんになった
「シェフのジェフ」がぼくのもとに担ぎ込まれるまで

 ニューヨーク中のレストランというレストランが、菜食、グルテンフリー、3段階の有機認証取得からなる超ヘルシー主義の迷路というウサギ穴に客たちを追い込もうとしている。一時期、少なくともぼくにはそんなふうに見えていた。メニューには星印や脚注がつき、給仕人は、原産地や風味ペアリングやフェアトレード認証の名称のみならず、混乱をきたす各種の脂肪に関する見解、中でも「あれにはいいけど、これには悪い」という紛らわしい性質を持つ各種オメガ脂肪酸に詳しい専門家に変身していた。

 けれどもジェフは、そんな時流には乗らなかった。といっても、十分な訓練を積み、この大都市のレストランに繰り出す客たちの絶え間なく変わる嗜好に精通していたこの若いシェフは、特段ヘルシーな食事を毛嫌いしていたわけではない。単に「体にいい」メニューが最優先されるべきだとは思っていなかっただけだ。というわけで、ほかのだれもがスーパーフードの「フリーカ」や「チアシード」を試していたときにも、ジェフは食欲をそそる、うっとりするほどおいしい、山盛りの肉、ジャガイモ、チーズからなる料理をはじめ、天国で作られたとしか思えない(そして動脈を詰まらせがちな)美食をせっせと作りつづけていた。

 あなたはお母さんから、「人に言うことは、自分でもしなさい」と聞かされて育ったのではないだろうか。ジェフも母親から「人に作る料理は、自分でも食べなさい」と常に言われていた。そこで、ジェフは母の教えに素直に従ったのだった――それも限りなく忠実に!

 しかし血液検査で高濃度の「低比重リポ蛋白コレステロール」(心疾患リスクの増大に関わりのある悪玉タイプのコレステロールで、ふつうLDLとして知られている)が示されるようになると、さすがのジェフもついに食習慣を変える必要に迫られた。そして、ジェフの家族歴に明らかな心血管疾患があることを見つけた担当医は、それをただちに実行に移すよう迫った。食習慣の大幅な改善を行って、果物と野菜をたっぷり食べなければ、将来起こりうる心臓発作のリスクを避ける手段は薬を飲むことしかない、と医師は通告した。

 その医師にとって、それはことさら例外的な助言というわけではなかった。ジェフのような家族歴とLDLの数値を持つ患者に与えるべきものとして医学部で習い、それ以来ずっと与えてきたアドバイスだった。

 当初、ジェフは抵抗した。何といっても、並外れた料理とその食習慣にちなんで業界関係者から「ザ・ステーキ」というあだ名を授けられていた彼にとって、自ら果物や野菜中心の生活に切り変えるようなことは、評判を落とすことにつながりかねないと思われたからだ。

 だが結局のところ、彼とともに末永く年を重ねたいと望む美しい婚約者に懇願されて、ジェフも折れた。料理人として積んできた訓練と煮詰めて作るソースづくりの才能を生かし、ジェフは人生のこの新たな章を、まず果物と野菜を日々のレパートリーに加えることから始めたが、それには、そのまま食べるのは気の進まない材料を隠すことが必要だった。ヘルシー志向の親が子供の朝食に出すマフィンにズッキーニを隠し入れるように、ジェフも「ブラック&ブルー」の焼き具合〔外側の表面だけが焼けて中は冷たい〕のポーターハウス・ステーキに使う照りを出すための煮出し汁や煮詰めたソースに、より多くの果物や野菜を使うようになった。

 そうこうするうちに、医師から指示された食習慣のバランスを理解するだけでなく、ジェフはそれに入れ込むようになっていた。肉は、牛肉や羊肉などの赤い色の肉だけを少量食べるようにし、果物や野菜はずっと多めにとり、理にかなった朝食と昼食をとるように心がけた。

 こうして3年間にわたって「正しい」食べ方を実践しつづけた結果、コレステロールの値も順調に下がり、ジェフは自分の健康問題は完全に克服できたものと思った。そして、食事療法だけで健康管理に成功したことを誇らしく感じた。ほとんどの人にとって、これはまさにあっぱれな成果と言えるだろう。

 けれども、新たな食習慣を厳守すれば絶好調になるはずだと思っていたのに、実のところジェフの体調は以前より悪化していた。バイタリティーが増すどころか、膨満感と吐き気に襲われ、疲労感もとれなかった。そこで、これらの症状について検査を受けたところ、まず軽度の肝臓機能異常が見つかった。そのすぐあとに腹部超音波検査およびMRI検査が行われ、最終的に肝生検を行った結果、がんが見つかったのである。

 それは、だれにとっても驚きだった――とりわけ、担当医にとっては。というのも、ジェフはB型肝炎にもC型肝炎にも(これらは肝臓がんの原因になる)かかっていなかったからだ。彼はアルコール依存症でもなかったし、有毒な化学物質にさらされたこともなかった。

 つまり、健康な若者が肝臓がんにかかる典型的な原因のようなことは、何ひとつしていなかったのだ。彼が唯一やったのは食習慣を変えること。それも医師の指示に従って。ジェフは自分に起きたことが信じられなかった。

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シャロン・モアレム(Sharon Moalem MD, PhD)

受賞歴のある科学者、内科医、そしてノンフィクション作家で、研究と著作を通じ、医学、遺伝学、歴史、生物学をブレンドするという新しく魅力的な方法によって、人間の身体が機能する仕組みを説いている。ニューヨークのマウント・サイナイ医学大学院にて医学を修め、神経遺伝学、進化医学、人間生理学において博士号を取得。その科学的な研究は、「スーパーバグ」すなわち薬が効かない多剤耐性微生物に対する画期的な抗生物質「シデロシリン」の発見につながった。また、バイオテクノロジーやヒトの健康に関する特許を世界中で25件以上取得していて、バイオテクノロジー企業2社の共同創設者でもある。
もともとはアルツハイマー病による祖父の死と遺伝病の関係を疑ったことをきっかけに医学研究の道に進んだ人物で、同病の遺伝的関係の新発見で知られるようになった。希少疾患や遺伝病への深い洞察は、本書においても大きく活かされている。
著書に、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストに列せられた『迷惑な進化――病気の遺伝子はどこから来たのか』(NHK出版)、『人はなぜSEXをするのか?――進化のための遺伝子の最新研究』(アスペクト)があり、35を超える言語に翻訳されている。また、医学誌『ジャーナル・オブ・アルツハイマーズ・ディジーズ』のアソシエート・エディターも務めた。
さらに彼の研究は広く一般でも注目されており、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ニュー・サイエンティスト』誌、『タイム』誌などに掲載されたほか、テレビ番組の『ザ・デイリー・ショウ・ウィズ・ジョン・スチュワート』『ザ・トゥデイ・ショウ』などでも取り上げられている。
http://sharonmoalem.com/

中里京子(なかざと・きょうこ)

翻訳家。20年以上実務翻訳に携わった後、出版翻訳の世界に。訳書に『依存症ビジネス』『勝手に選別される世界』(ともにダイヤモンド社)、『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋)、『不死細胞ヒーラ』『ぼくは科学の力で世界を変えることに決めた』(ともに講談社)、『食べられないために』『ファルマゲドン』(ともにみすず書房)、『おいしさの人類史』『描かれた病』(ともに河出書房新社)、『チャップリン自伝』(新潮社)など。


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