ダイヤモンド社のビジネス情報サイト

(2008年8月、マレーシア)

 バタワースはマレー半島の西海岸を北上したタイ国境に近い街である。

 その街の郊外、亜熱帯地域であることを象徴するパーム椰子のプランテーションに囲まれた広い敷地内に、縦横100メートルはあろうかという大きな工場が威容を示している。

 しかし、そこには静寂しかなく人の気配が感じられない。それを裏付けるように搬入・出荷用の大きなシャッターは閉じられたままで、各所にあるドアにも固く南京錠がかけられていた。

 ただ1箇所だけ開けられたドアから中に進入した一行は、発汗を促す熱射が注ぐ外部とは違って、密封された床のコンクリートから伝わるひんやりとした空気に寒気さえ感じた。

 「中で野球が出来そうですね」

 視察のために電気を通されて、久しぶりに点けられた水銀灯の明かりに照らし出された広い場内を見回した幸一が声を上げた。

 「ああ。これほどの工場を閉鎖するとは、もったいないな」

 隆嗣が応じ、二人は整列している機械群へ向かって歩き始めた。

 「素晴らしいでしょう? 操業したのは1年足らずですから、新品同様です。向かって右手が集成材ライン、左手が合板ラインです。ラバーウッド(ゴムの木)専用工場でした」

 後ろから英語で説明をするのは機械ブローカーのチュア(蔡)、幸一のマレーシア時代の友人であるリムが紹介してくれた。この設備の処分を任されているという触れ込みだ。

 「マレーシアの株式市場に上場している大手の家具メーカーが、3年前にこの工場を立ち上げたんです。欧米向け輸出をメインにしていたメーカーが、環境にうるさい欧州市場向けの家具材料として植林木利用事業を始めたんですが、正直言って、最初から採算に合わない工場だったんですよ。この工場を始めて欧州向けの売上げを増やすというアドバルーンを揚げ、市場から金を集めるのが目的でした」

 「それで、個人的に儲けた経営者がいたというわけか」

 ジェイスンに鍛えられた隆嗣の英語力も、かなりの水準に達している。

 「ええ。操業を始めてから赤字を垂れ流し続け、しかも、会社本体はコストの問題から家具工場をベトナムや中国へ移転することを進めていましたので、この工場は無用の長物になってしまったというわけです。それでここは閉鎖され、2年間も放置されていました。もちろん定期的に機械のメンテナンスは行っていましたから、設備に何の問題もないと保証しますよ」

 「それが、今になって売りに出されたのはなぜだ?」

 隆嗣が要点を衝く。

1
nextpage
スペシャル・インフォメーションPR
ダイヤモンド・オンライン 関連記事
世界のお金持ちが20代からやってきた お金を生む法則

世界のお金持ちが20代からやってきた お金を生む法則

加谷珪一 著

定価(税込):本体1,500円+税   発行年月:2017年5月

<内容紹介>
世界のお金持ちは、どうやってお金持ちになったのか? 実はお金持ちだけが知っている「お金持ちになる王道」があった! ビル・ゲイツ、イングヴァル・カンプラード、松下幸之助、坂本孝……彼らに共通するお金持ちになるための必須の資質とは? 億万長者との対話でわかったお金持ちになる秘密を大公開!

本を購入する
ダイヤモンド社の電子書籍

(POSデータ調べ、6/11~6/17)



村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


連載経済小説 運命回廊

〈第3回〉城山三郎経済小説大賞は、異例の2作品が大賞受賞。惜しくも選から漏れたものの、大賞作に劣らぬ魅力があると各選考委員から絶賛された隠れた名作があった。
その作品とは『認命(レンミン)――さだめ』。
バブル期の日本になじめず、中国に渡った青年は、なぜ中国に残ってビジネスを続けるのか――。共産党の支配下で急成長する中国経済をリアルに描いた話題の経済小説が『運命回廊』と改題して、ついにWEBで連載開始!

「連載経済小説 運命回廊」

⇒バックナンバー一覧