前回事例では、一見ワガママで無責任とも思える行動傾向のあった二階堂が、比較的短期間のうちに周囲から「一皮むけた」と言われるようになり、育成担当であった育田自身も、未熟な二階堂が成長していく姿を見守ることに楽しみを見出すようになった。

 最終回となる今回は、この事例がなぜ、二階堂にとっても、育田にとっても、そして何よりも会社にとってもハッピーエンドとなったのかを、精神科産業医の目から分析してみたいと思う。

上司にストレス対処能力がなければ
未熟な部下を育てることはできない

 前回ご紹介したSOCという概念が、部下の成長支援に重要であるということを裏付ける私達の研究結果を提示しよう。

 それは、SOCが高い上司の下で働く部下のSOCは高く、逆にSOCが低い上司のもとで働く部下のSOCが低いという研究結果である。この結果から言えることは、上司がどんな仕事に対してもきちんと意味を見出し、先を見通した段取りを組みながら、最終的には「何とかなるさ」という楽観性を持っている場合には、部下も自然とそのような力が身に付くということである。つまり、ストレスな状況でも他者を非難したり、避けたりすることなく、その困難を乗り切ることができる部下を育成するためには、上司自身のSOCが高く保たれているということが重要な要素なのである。

「今は人格的に未熟で戦力とは言えない若手社員かもしれないが、そのような成長支援に携わることは自分の人生にとっても有意義であり(有意味感)、きちんと関わりを持ちじっくり育てて行けば少しずつでも成長し(把握可能感)、いつかは必ず会社にとって有用な人材になってくれるはず(処理可能感)」と考えられる力こそが、部下の成長支援につながるということである。

支援成功の大きな要因となる
上司・人事部・産業医の「一貫性」

 前述したように、未熟型人材の成長を支援するためには上司にも相応の資質が求められることはもちろんのことだが、実際に上司一人の頑張りだけでは未熟型人材は成長しない。私がさまざまな事例を経験してきて感じる成長支援のキーワードは「一貫性」である。これはもちろん、未熟型人材の被害妄想的で他責的な発言や態度に振り回されることなく、終始一貫した人材育成の観点からの支援的態度を貫くことが重要という意味でもあるが、もう一つ重要なことは、未熟型人材に対応する周囲の人々の一貫性である。

 ご紹介した事例が成功に導かれた大きな要因は、二階堂の成長支援に当たるキーパーソンとなる上司の育田、人事部長、精神科産業医である私が連携して、一貫した対応をとったことだと考えている。事例では、1ヵ月の療養後に「療養によりうつ病の症状は軽快したため職場復帰をしてもよい。但し、自分のうつ病は職場の環境と上司との関係性が原因のため、職場復帰の際には職場を異動させてもらった方がよい」という精神科主治医の意見が会社に示されている。多くの企業で、このような場合には以下に示すさまざまな立場のそれぞれの理由で安易に職場を異動する方向で動いてしまうことは少なくない。