本当に少数精鋭の組織では、そう簡単に真の実力による序列は壊れない。やはり多くの人の意思が絡まり合う一定以上の規模の組織であればこそ、このような摩訶不思議な現象がまかり通るのだろうし、大きな組織であればあるほど、人が権謀術数を弄する余地も生まれやすく、派閥もできやすいので、どの派閥にも属さない八方美人的な人が、誰にも憎まれずにひょいひょいとおいしいとこ取りをすることもありうるのだ。まったくの偶然で、会社の業績が好調なときにたまたま事業部門にいて、業績を評価され、会社が低迷したときにはたまたま間接部門にいて、責任を逃れてきたという人がいるのも、大きな組織ならではだろう。

わらしべ長者が社長になったら
企業経営は任せられるか

 さて、最後に、考えておきたいことがある。

 能力はないのに出世する人は、個人としては見事に出世するわけだが、果たしてこういう人を出世させていくことは会社に取って良いことなのだろうか。

 残念ながら、この件について何かを語るには、サンプルが少なく、再び、印象論になることをお許しいただきたいのだが、たとえば「わらしべ長者」が過去働いてきた会社はどこもピークを超えて衰退期に入っている。人の話をよく聞き、組織に活力を与えた経営者は、結局、いろいろな人の意見をよく聞くあまり、絞り込みができず、総花的な経営を続けている。

 私は、こういう運のいい人を、「寄生樹(やどりぎ)」と呼んでいる。会社の栄養分をいつのまにか、もっぱら自分の栄養分に変えてしまう人だ。社交性と処世術が優れていることは良いことだが、それだけで偉くなった人は、周りへの配慮のあまり、厳しい意思決定をせずに先延ばしにする傾向がある。こういう人は、中間管理職としては組織の潤滑油になるものの、それ以上に重要なポジションにつけてしまっては禍根を残す。経営幹部は、性格は良くなくてもよいから、厳しい目を持ち、ときにはなにかを「切り捨てる」という果断を交えながら、将来を創り出す仕事をしなくてはならない。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山進、構成/ライター 奥田由意)