8月2日(日本時間3日)までに合意に至らなければ世界的な金融危機を招くと懸念されていた米国の債務上限引き上げ協議が迷走の末、与野党の合意を得て、ようやくまとまった。法案は下院・上院を通過し、大統領の署名を経て、成立した。これによって、最悪の事態すなわち米国のデフォルト(債務不履行)は回避された。しかし危機は本当に過ぎ去ったのだろうか。米国債の格下げ懸念は残り、欧州債務問題とのダブルパンチで世界経済の前途に霧は深く立ち込めたままだ。国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミストで、現在、米議会予算局(CBO)の経済諮問パネルのメンバーを務めるサイモン・ジョンソン MIT(マサチューセッツ工科大学)教授に、世界経済の行方と合わせて、米国財政問題の核心を解説してもらった。
(聞き手/ジャーナリスト 瀧口範子)

――今回の債務上限引き上げ騒動をどう見たか。

サイモン・ジョンソン(Simon Johnson)
マサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院教授。米議会予算局(CBO)の経済諮問パネルおよび連邦預金保険公社(FDIC)の破綻処理諮問委員会のメンバー。2007年3月から2008年8月までは、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストを務めた。共著に『国家対巨大銀行』(ダイヤモンド社刊)がある。

 与党(民主党)も野党(共和党)も問題の本質について考え違いをしているとしか言いようがない。いずれの党も、議会予算局(CBO)の財政収支ベースライン推計(現在の政策が今後も継続されることを前提とした財政収支の見通し)に基づく今後10年間の赤字を削減することばかりに固執しているが、問題はそんなことではないと言いたい。

 そもそも、ベースライン推計に基づく赤字を削減したいだけならば、ブッシュ前政権時代に導入された富裕層向け大型減税を打ち切りにすればよい。幸い、この減税は、2012年末すなわち来年末に期限切れを迎える。そのとき更新しなければ、利払い前のプライマリーバランス(財政収支)は、2021年まで(ベースライン推計に基づいて考えれば)赤字を出さないということになる。だが、繰り返すが、問題はそんなことではない。

――では、本当の問題とは何か。

 長期の視点に立った財政構造の変革だ。政治家たちは、政府が今後どのようなサービスを引き続きあるいは新たに提供していくべきか、そしてそれらのサービス提供のためにどのような税金をどの程度課していくべきなのか、もっと率直に直接的に議論すべきなのだ。しかし、残念ながら、政治家は、国民という観客を得ての債務上限引き上げ協議という“カブキ”(政治ショー)に興じるばかりで、その本質論ができていない。