米アップルのスティーブ・ジョブズCEOは、MacBook Airの発表時に製品の機能を細かく解説するではなく、「世界最薄のノートパソコン」とたった一言で形容した。同様に、iPhoneの時は「アップルが電話を再発明する」だった。ほかにも、シンプルかつ強力なプレゼンの事例は、数多い。ジョブズ氏の類まれなプレゼンテーション能力の秘密を解き明かしたカーマイン・ガロ氏は、「彼のプレゼンは、正しく学べば、誰でも応用が可能だ」と力強く語る。ガロ氏の問題意識を含めて、普通の人々がジョブズ氏の原理・原則に学ぶことの意義を語ってもらった。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)
――1996年、自ら創業した会社を追放されていたスティーブ・ジョブズが電撃的にCEOに復帰してからというもの、米アップルは90年代前半に倒産寸前だったことが嘘のように完全復活を果たした。彼のプレゼンテーション能力の高さの秘密に迫った『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン/人々を惹きつける18の法則』は、世界中でベストセラーになった。そもそも、どのような問題意識で、あなたはジョブズ氏に着目したのか。
まず、ジョブズ氏がプレゼンするのを見たり聞いたりした人で、「なにも感じない人」は、おそらくいないのではないか。次に、誰しもが、「アップルは、今度はどのような新製品やサービスを出してくるのだろう?」と、ある種の“ワクワク感”のようなものを感じ取るのではないか。
すると、どうすれば、ジョブズ氏のように、聴衆をインスパイア(鼓舞)するプレゼンができるようになるのか――。そのことを突き詰めた結果が、1冊目の本だった。私の目的は、「ジョブズ氏のプレゼンの“核心”をいかに伝えるか?」ということにあり、誰でも彼のプレゼンをマネすることで、より確実に自分のメッセージが伝えられるようになるという原理・原則を実例とともに詳述した。
――確かに、ジョブズ氏のプレゼンは感動的だが、誰もが簡単に到達できるレベルではない。なぜ、題材として、彼を選んだのか。
もちろん、普通の人が、いきなりジョブズ氏のレベルに到達できることはない。実際には、大きな開きがある。だが、彼のプレゼンの原理・原則を理解して、その一部でも自らのなかに取り込むことができれば、単純にプレゼンがうまくなるということ以上に、得られるものが大きいはずだ。
じつは、米国では、2008年の世界金融危機以降に続く経済的な低迷により、何百万人もの人が職や家を失ったことで、社会全体に閉塞感が蔓延している。そのような状況に対して、雑誌『TIME』は、“地獄の10年”と形容したほどだ。米国人は、将来に “希望”を持つことができなくなっている。
それは、企業でも同様で、「社員が前向きな希望を見出せなくなっている」、「なにかインスパイアされるような体験を求めている」という話をよく聞く。なかには、上司への不満もあるかもしれないが、働くこと自体が魅力的に感じられなくなっているとしたら問題だろう。職業柄、私は企業のエグゼクティブと話す機会が多くある。たいていどこの企業でも似たような問題を抱えているが、打開策を見出せていない。
だが、米国に暗い影を落とす閉塞感を打破する題材があった。アップルを劇的に復活させたジョブズ氏だ。彼のプレゼンは、テクニックよりも前に、ほとばしるような“情熱”がある。私には、ジョブズ氏の情熱の示し方を多くの人が学ぶことができたら、そして少しでも実現できれば、世の中の人をインスパイアできるし、よりよい社会が実現できるのではないかというモチーフがあった。