今回の城山三郎経済小説大賞の一作、『黄土の疾風』の著者、深井律夫さんは現役の銀行マンでありながら、相当の中国通。ここまで深く中国の事情を書ける人はなかなかいないでしょう。後編では、担当編集者の佐藤和子さんに、大賞受賞後の編集作業について伺いました。

著者の深井さんは相当の中国通。
そうなった理由を私も知りたいです。

――著者・深井さんの作品は毎回中国をテーマにされていますが。

第三回城山三郎経済小説大賞受賞作<br />『黄土の疾風』(後編)<br />著者は「中国に一番詳しい銀行マン」です第三回城山三郎経済小説大賞受賞作、『黄土の疾風』。中国を扱った小説であることを示すため、タイトル、装丁、写真などすべてにこだわりが見られる。

佐藤 はい。深井さんの中国への造詣は相当なものだと思います。

 言葉は、もう完璧な中国語を話されますし、中国内陸部のなまりのある中国語も問題なく聞き取れるそうです。文献も自由に読みこなします。いつかご本人は「中国に一番詳しい銀行マンです」と自負されておられました(笑)。

――今回の作品では、日本人のなじみのない中央アジアが出てきますが。

佐藤 それも非常にリアルに書かれています。また一方で、随所に配慮もされています。例えば、具体的な省の名前が微妙にぼかして書かれていて、地名を断定することができない箇所があります。この小説はフィクションとはいえ、政府の腐敗などが出てきます。だから地名が特定されると中国の当局から何か言われるかもしれない。その辺まで考慮して書かれるほどの中国通なんです。

 つまり、いまの中国ならここまで書いても大丈夫だろう、との判断が的確にできる方です。ですからこの小説は、仮に中国語に翻訳されても問題はない一方で、中国の人が読んでもリアリティが感じられる内容だと思います。

――凄い方ですね。何かきっかけがあって中国への造詣を深められたのですか?

佐藤 私もそれが知りたいのですが、深井さん自身に中国が好きになった理由を伺っても「わからない」と仰るんです(笑)。大学ですでに中国語学科ですから、相当若い頃から中国に関心をお持ちだったんではないでしょうか。事実、漢文も古典から現代まで物凄い量を読んでおられるようです。

 あと、深井さんの原稿を読んでいると、ところどころに中国語で考えたことを日本語にして書いたのではないかと思える箇所が出てきます。英語の得意な方が独特な日本語を書かれることがあるじゃないですか。あのような印象で、日本語で考えて日本語で書いたらこういう文章にならないだろうと思える箇所があるんです。校閲者から「日本語として少し不自然では?」という指摘を受けて、「これは中国語の表現だったかな?」と深井さんが苦笑しながら修正を入れるようなことが何度かありました。そこまで中国の言語や発想にどっぷり浸かりながら書いておられるようです。