「魚の鮮度」を語る日本人と
「鶏の鮮度」を語る中国人

「魚の鮮度」を語り、こだわる日本人は多いと思うが、「鶏の鮮度」を語る日本人はどれだけいるだろうか。

 もちろん、日本人が鶏肉にこだわりがないわけではない。

 日本には多くの地鶏が存在し、それぞれが飼料や飼育方法に拘り、「歯ごたえ」や「旨み」「香り」といった自慢の味を武器にしのぎを削っている。

 一方、中国に日本のような地鶏ブームは存在しない。その代わり、鮮度には非常にうるさいのだ。

 このように言うと、中国に比べ日本は衛生管理に優れており、そもそも鮮度の悪い鶏が存在しないため、鮮度を語る習慣がないと受け止める方もいると思うが、そうではない。

 SARSが猛威を振るい、生きた動物の食用取引が規制された2003年まで、中国では鶏は購入時にその場で締めてもらうのが普通であった。

 彼らは日本人が知らない、「活き締め」の鶏の美味しさをよく知っているのだ。

 しばしば日本国内でも繰り広げられる、「どこの地域の人の舌が一番肥えているか」という論議。

 実際のところ、美味しい不味いは趣味趣向の問題である。

 稀に万国共通で美味いものは美味いというロジックが成り立つ食品がある一方、その地域の歴史や文化と共に培われてきた味覚は、当然、地域によって異なるということを理解することで、新たに見えてくることもあるような気がする。

 とはいえ、人が自らの味覚に「自信と誇り」を持ち続ける限り、この手の論議が語り尽くされることはないのではないだろうか。