蕎麦屋の定番、板わさもこの店では発想が違う
ワインと合わせたい「ホタテのムース板わさ仕立て」

 傑作なのは花巻クリームそばだ。昔から蕎麦屋の定番である花巻そばをご存じだろうか? 甘つゆに大きな海苔で蓋をして、その香りを楽しみながら食べる蕎麦だ。だが、熊谷さんの手にかかると、それは全く別なものになる。

 浅利を煮詰めて、そのクリームソースにその煮汁もろとも入れ込む。いわばクラムチャウダーのようなものだが、そこに生海苔が入っていて、蕎麦を漬け込んで食べるのだ。その甘いソースもろとも蕎麦が口中に入ると、バターやらクリームやら浅利の海の塩味までがベストマッチして、幸せな味わいが広がる。

浦和「庵 浮雨」――十割蕎麦をクリームソースで。フレンチの技術が引き出した蕎麦の美味さに感動。(写真左)鮪のタルタルソース。料理も沢山揃えてあって楽しい。このタルタルソースもワインに合わせたい。(写真右)出汁巻きオムレツ。蕎麦屋の定番といえば出汁巻きだが、鰹の香り豊かな出汁をたっぷり入れてオムレツに。玉子好きには堪らない。

 熊谷さんは高校から料理学校を経て、すぐに浦和のフレンチレストランに入った。

「入った店の本社が変わっていて、フレンチのほかにサンドイッチ屋、仕出屋、イタリアンまでやっていたから、そこに手伝いに行っていい勉強になりました」(熊谷さん)。

 いわば、自然なままにオールラウンドプレイヤーの道を着々と歩いてきた。熊谷さんが全くこれまでとは違った発想で蕎麦を捉えるのはそんな経歴にあるのかもしれない。

 開店以来、自分の蕎麦屋で様々な実験をしてきた熊谷さんだが、その実験はことごとくが蕎麦好きの舌を満足させてきた。例えば、蕎麦屋の定番の板わさ。これは大概、海の名産地から仕入れて出すものだが、熊谷さんはそもそもの発想が違う。皿に盛られて出てくるのは、ホタテのムースを蒸して、板わさに見立てた「ホタテのムース板わさ仕立て」だ。 

浦和「庵 浮雨」――十割蕎麦をクリームソースで。フレンチの技術が引き出した蕎麦の美味さに感動。「ホタテのムース板わさ仕立て」。これが「庵 浮雨」流の板わさで、ホタテをムースにして蒸し上げる手をかけた一品。赤白ではなく、山葵巻きとの2色で、山葵ソースとマヨネーズソースで頂く。右は白肌のものにマヨネーズで。

  ホタテをミキサーにかけてすり身にする。そこに卵白、生クリーム、バターを加えてムースにして蒸し上げる。まさにフレンチだが、これが「庵 浮雨」では板わさなのだ。しかも、鮮やかな色合いのわさび巻きとの2色になっている。飾っておきたいくらい、コントラストが美しい。口に入れると、ふわふわの食感で、これなどはワインと一緒にいただけば座が盛り上がることは間違いない。