産経新聞ウェブ版の記事に朝日新聞が噛み付く騒ぎが起きている。愛国と反日、もともと主張が正反対な両社は最近、どんどん内容が先鋭化している感がある。報道機関の枠を超えて言説が暴走すると、社会に大きな危険を与えることにもつながりかねない。(ノンフィクションライター 窪田順生)

産経のコラムに
朝日が噛み付いた!

反日vs愛国のバトルを繰り広げている朝日と産経。こうして争っているうちに言説がどんどん先鋭化していって暴走するというのは、報道機関としては非常に危険である

 先日、産経新聞ウェブ版の「日本を貶める日本人をあぶりだせ」(10月19日)というコラムに、朝日新聞がかみついた。

 コラムでは、「報道の自由度ランキング」の日本の順位が、一部の人たちの政治的なバイアスのかかった意見によって実態以上に低くなっているのではという話を導入に、海外メディアで反安倍をふれまわる「左派文化人」や、国連で「実態からかけ離れた慰安婦像」をバラまいた「日本人活動家」を揶揄した内容となっている。

 これに対して、朝日新聞は「産経新聞コラムのウェブ版、「排他的」見出しに批判次々」(11月3日)という記事の中で、ジャーナリストらの批判コメントとともに、「あぶり出した後でどうしようというのか。こうした言葉が、排他的な言説を拡散し、増幅させることにならないか」と苦言を呈している。

 要するに、内容云々ではなく、「見出し」が論評のレベルを超えて「扇動」になっているのが、報道機関としてはアウトじゃないの、というわけだ。

 ご指摘はまったくその通りで同感することしきりなのだが、その一方でモヤモヤというか釈然としないものもある。

 覚えている方も多いかもしれないが、朝日は2016年2月、山谷や釜ヶ崎で名を馳せた活動家の言葉「だまってトイレをつまらせろ」を取り上げたコラムを世に出して物議を醸し出した。14年の解散・総選挙で安倍首相が「この道しかない」と述べたことを、「イヤだ」と不快感を示して、こう結んだ。

「はい、もう一回。だまってトイレをつまらせろ。ぼくらはみんな生きている」(朝日新聞2016年2月28日)

「あぶりだせ」よりも表現はマイルドだが、より露骨に読者を扇動している。とにかく安倍政権を叩くためなら、どんな過激な扇動をしてもノープロブレムなのに、自分と相容れないイデオロギーに関したものは「非国民狩り」だと騒ぐというダブルスタンダードは、中国の「愛国無罪」や、民進党のお家芸「ブーメラン」にも通じるご都合主義を感じてしまう。