写真=山下亮一

 ジャッキー・イクスは、ル・マン24時間耐久レースを6度制した。これは永遠に破られない記録に思えたけれど、99年から参戦しはじめたアウディに乗るトム・クリステンセンが9度という偉業を達成している。

 とはいえ、イクスはチャンピオンこそ獲得できなかったけれど、F1で総合2位を2度記録しているしアフリカの砂漠を横断するパリ・ダカール・ラリーには81年から出場し、メルセデス・ベンツで優勝を飾っている。

 フォーミュラからスポーツカーの耐久レースを経て、冒険ラリーのパリダカまで。イクスは、ル・マンの帝王ではないかもしれないけれど、モータースポーツ界におけるリヴィング・レジェンドであることに疑いはない。

 1945年1月1日生まれのベルギー人で、現在モナコに住む。インタビュー時72歳で、 新年を迎えると同時に73歳になるけれど、とても若々しい。2017年は6月にもポルシェのイベントで来日し、936-77と956、2台のレーシング・ポルシェをドライブしている。

 12月の来日はプライヴェートと仕事、半々だそうで、インタビューは東京・銀座にある「ショパール ブティック 銀座本店」で行われた。ショパールの共同社長カール-フリードリッヒ・ショイフレとは一緒に復刻版ミッレ ミリアに出場する、とても近しい友人関係にある。

 そろそろ時間ということで、2階に案内されると、なんとレジェンドから私たちに近寄ってきて、私と握手するや、「おー、冷たい。ずいぶん外で待っていたんですね」と言った。なんて人間味あふれるひとなんだろう、と感激した。

 今回の撮影を担当した山下亮一カメラマンは、たまたま6月の来日時にもイクスを撮っていて、そのときの写真をプリントしてプレゼントした。富士スピードウェイのパドックで撮ったその写真を見たイクスはとても喜びつつ、写真のぽっこり膨らんだ自分のお腹を指差した。それから、ほら、とネイビー・ジャケットの上から現在のスッキリしたお腹をなでた。「ノー・イーティング」とジョークを言いながら。

 82年には日本ダンロップのタイヤ「ル・マン24」のテレビCMに出演、91年にはマツダがル・マンに挑戦する際のコンサルタントをつとめ、日本の自動車メーカーゆいいつの優勝に貢献するなど、日本との縁も深い。

 そんなリヴィング・レジェンドにインタビューできるなんて、なんたる光栄かつラッキーであることか。あれやこれや、思いつくまま質問した。「Six」がライフスタイル・マガジンだということを意識しながら。

―イクスさんは投資はやっていますか?

 ノー。ノウハウがあるひとたちのためだけのゲームだからね。でも、この通りの次のコーナーで、たくさんのひとを見ました。教えてください。あれはくじですか? たぶん、そうだろうと思ったんだけど。200人ぐらい並んでいました。長い列でした。とても長い。

窓口が5カ所もあって……とてもインプレッシヴでした。すごいひとで。クリスマスのくじですか、それとも新年の? みんな当たってくれ、と願っているわけですね。わかりました

―好きな食べ物はなんですか?

(しばし黙考)たぶん、イタリアン・フードです。好奇心、興味があるのは、西洋とはまったく異なる伝統を持っている国に行ったとき、インド、中国、日本ですね、それはもう驚きです。西洋の国々とはまったく異なっているから。

 数年前、たぶん30年ぐらい前、私はよく日本に来てました。日本人の友人たちは私をいつも伝統的な日本食に連れていってくれました。それはもう、信じられない経験でした。私を喜ばせようという一方、私をテストしていたんだと思います。私の顔を見て、好きかそうじゃないか。でも、テリヤキ、シャブシャブ、テンプラは、ホントにファンタスティックでした。食べるのがむずかしかったのは……

―来日の理由はタイヤ・メーカーの仕事ですか?

 ダンロップでよく来ました。マツダでもコンサルタントとして、何回も。マツダだけですからね、ル・マンで優勝したのは。そのとき、私はコンサルタントでした。