無形資産が重視される昨今、企業理念を求心力に、競争力の源泉である人的資本の強化が求められている。しかし、立派な企業理念も「額に入れられた標語」では意味を成さない。従業員エンゲージメントを高め、イノベーティブな組織を築くため、核心となる企業理念を現場にいかに浸透させるか。企業のイノベーション支援を行う佐宗邦威氏と、アプリを活用した従業員エンゲージメントソリューションを提供するヤプリの山本崇博氏が、進化する理念経営について語る。

なぜいま理念経営が
求められているのか

ヤプリ
取締役執行役員COO/ピープル&カルチャー本部 本部長
山本崇博
TAKAHIRO YAMAMOTO
外資広告代理店、ソーシャルゲーム会社にてマーケティング業務に従事。前職では、アイ・エム・ジェイ(現アクセンチュア)の執行役員としてマーケティングコンサルティング部門を統括。2019年ヤプリCMOに就任、2020年より同社執行役員、2023年より取締役執行役員兼、ピープル&カルチャー本部(人事・労務・総務・人材開発・組織開発)を管掌。

山本:企業理念が共有された組織づくりと事業運営を行う「理念経営」が重視されている理由の一つに、人材獲得の難しさが挙げられます。労働人口の減少が進む中、優秀な人材の採用や雇用維持は企業にとって優先課題であり、企業理念の共有が、人材獲得の成果を左右する要件となりました。

 人的資本経営にどれだけ注力しているかをステークホルダーから評価される時代となったいま、2023年3月期からは、有価証券報告において人的資本に関する情報開示が上場企業などを対象に義務付けられました。さまざまな人的指標の実績値だけでなく、多様性の確保を含めた人材育成方針を示す中で、経営戦略と人材戦略を連動させた自社オリジナルの価値創造ストーリーが求められています。

 こうしたストーリーは開示義務という点を超えて、人材を集めるうえでも重要な要素となります。知名度があまり高くない未上場企業やスタートアップはもちろん、名だたる大企業であっても、理念経営を重視する企業が近年増えています。理念に共感してくれるエンゲージメントの高い人材を獲得するために有効だからです。

BIOTOPE
CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー
佐宗邦威
KUNITAKE SASO
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品のマーケティングを担当。その後、ソニー クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラムの立ち上げなどに携わる。2015年、共創型戦略デザインファーム「BIOTOPE」を設立。商品/サービスのブランドデザインやコンセプトデザインなどを得意とし、さまざまな企業・組織のイノベーション支援を行っている。最新刊『理念経営2.0』(ダイヤモンド社、2023年)ほか、著書多数。

佐宗:特に、地方では人材不足が深刻な問題となっており、優秀な若手人材を獲得するのは難しい状況にあります。そうした中で、若い世代を中心に注視され始めているのは、「稼ぐことの意味」です。私たちはその変化を見過ごしてはなりません。

 利益の最大化は企業にとって重要な目標の一つではありますが、人権や環境などを犠牲にしてまで利益を追求するやり方では、企業の存在そのものが危うくなります。いまや企業活動のすべてで社会的正当性が問われるようになっており、それは社外のステークホルダーに限らず、従業員も同じです。何のために事業を行うのか、そこから稼ぎ出した利益はどのように社会に還元されるのかを注視し、その答えを経営陣に求めるようになっています。

 単に利益を追求する経営であれば、目標達成にインセンティブを与える管理型のスタイルが有効でした。その場合、企業理念は単なるスローガンとして示す程度で済みました。ところが社会的正当性が問われる現在においては、従業員にとって会社は「自身の理念を探求する居場所」にもなり、だからこそ共感できる企業理念が必要になってきたのです。

山本:会社の進む方向と個人が目指す方向が噛み合った時、「自分もこの会社で何かを成し遂げられるはずだ」といった自己効力感が湧き、新たなチャレンジも生まれ、イノベーション創発へとつながっていくのではないでしょうか。

佐宗:その通りです。だからこそ会社は単なる利益追求の場ではなく、「意義を生み出す場」として存在することが重要です。その核となるのは、企業理念にほかなりません。