【絶版】
「人口構造の重心が移動すれば、社会そのものが変化する。組織や問題はもとより、社会の風潮、性格、価値観が変わる。激震が走る」(『見えざる革命』)
翻訳者の作法として、その時々に扱うテーマについては、内外の文献を漁る。自らも多少は書き下ろせないようでは、翻訳は無理である。1976年、ドラッカーから『見えざる革命』の原稿が送られてきた際にも、60点ほど高齢化に関する文献に目を通した。
しかし、それらはすべて、高齢化社会における高齢者の健康、医療、衣食住、家計、趣味についてのものだった。高齢化社会そのものの問題や、経済、政治を論じた文献は1点もなかった。
したがって、ドラッカーの『見えざる革命』が、高齢化社会に関する世界で最初の文献だったことは間違いない。米国の経済学者ケネス・E・ボールディングが、雑誌「ジ・アメリカン・バンカー」の書評欄において、ドラッカーを「現代社会最高の哲人」と評した。しかし、世界中にたくさんの経済学者、社会学者、政治学者がいて、連日なにかを論じているにもかかわらず、その後、今日に至るまで、高齢化社会そのもののあり方について真正面から論じたものはあまりに少ない。
いわゆる“定年”なるものが定められた頃、定年年齢が新規就業者の平均余命の10年も先だったことを誰も指摘しない。年金社会は、高齢者が喜んで働き、それに報いることができなければ、破綻するしかないことも、指摘しない。
ドラッカーは、やがて強制的な退職年齢は禁じられるようになるだろうという。肉体労働者であれば定年も歓迎されようが、知識労働者はまだまだ働ける。彼らを働かせないことはもったいないうえに、社会がもたなくなる。
就業時の平均余命と強制退職年齢の関係は、簡単な算数の問題である。ただし、高邁な学者、官僚、政治家はなぜか解こうとしない。
「人口構造の変化と年金社会の変化は、新しい問題を生み、新しい政策を要求する。新しい問題領域を明らかにし、これまでの問題領域の多くを意味のないものにする。社会の気質、空気、価値、行動を変化させる。それに伴い、政治そのものに影響を与える」(『見えざる革命』)