西條 本当に恐ろしいことなんですが、一度大失敗してしまうと、取り返しがつかない、ということもあります。長期的に成功し続ける、ということは“奇跡”といってもいいくらい難しいことなんです。

 たとえば、これまでありとあらゆる経営論、経営方法に関する書籍が公刊されていますが、方法を巡る一つのパラドクスがあるんです。

――パラドクス?

西條 経営が大失敗する条件に、実は「成功体験の積み重ね」があるんです。成功させるためには成功体験を積み重ねなければなりませんが、それがいつの間にか大失敗する条件になっている、ということです。

――なるほど、それは、パラドクスですね。

西條 たとえば、ある経営手法に基づいて経営が成功すればするほど、それは正しい方法であるという確信が深まっていきます。また、組織としては、手段であるはずの方法を遵守すること自体が自己目的化してしまう、「方法の自己目的化」に陥ることもめずらしくないんです。

 ここで、厄介なのは、方法が有効で汎用性が高いほど、「方法の呪い」ともいうべき失敗の構造に引き込まれてしまうところにあります。

 ただ、これは人ごとじゃないんです。実は、人間としてとても自然なことなのです。人間は意識することなく、自らの経験の積み重ねによって何かを確信しながら生きていきますから、過去の経験上うまくいっている場合や、スムーズに進んでいる場合には、その前提にある事柄が正しいことは、自明すぎて疑いの対象にすらならないんです。

 たとえば、みんな廊下を何の疑いもなく歩いているのは、いままで床が抜け落ちたことがないという経験の積み重ねから、そのような自覚もないほど無自覚に確信されていますよね?

――確かに、言われてみればそうですね。

西條 それと同じような具合に、これまで間違いなく成果をあげてきたやり方というのは、疑いの余地もなく正しいものとして確信されてしまうんです。
「私はずっとこれで成功してきたのだ!」という台詞とともに、どれだけ多くのワンマン経営者が会社を潰してきたかを考えれば、この「方法の呪い」がいかに恐ろしいものかわかると思います。

――いや、本当ですね。大失敗する構造が少しわかった気がします。

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西條 こういうことが「方法の呪い」と呼ばれるのは、そうした自覚すら生じないため、対策の立てようがないからです。むしろ、個々の経営手法を先鋭化させて成功を重ねれば重ねるほど、その呪縛も強くなってしまいます。

――どうすればよいのでしょうか?