サイロ化と個別最適の壁を、デザインで越える

カスタマージャーニーを丁寧に描いた。広告投資を増やし、UI(ユーザーインターフェース)も刷新した。結果、KPIは改善しているが、ユーザーが本当に満足しているという実感が持てない──。CX戦略において、多くの企業が抱える悩みだ。打ち手が間違っているわけではない。ユーザーから見た体験が一つにつながっていないのだ。

大企業の基幹システムや大規模ITを長年担ってきたNTTデータは、こうした分断にいち早く問題意識を持ち、2020年にデザインブランド〈Tangity〉を立ち上げた。発足から約6年。Tangityは世界19拠点・約1200人のデザイナーを擁するNTTデータ社内のデザイン組織だ。日本を代表するSIerが、これほどの規模のデザイン集団を抱えていると聞くと意外に響くが、実は必然性がある。

大企業の基幹システムを裏側から支えてきた同社だからこそ、顧客企業の部門ごとのサイロ化がユーザー体験を分断し、個別最適の追求がかえって望まぬ結果を生む現実を間近に見てきた。パーツを組み合わせるだけでは解決しない問題がある──。そこで、体験を一つにつなぐ手段として「デザイン」に着目したのがTangityの出発点なのだ。

シニアサービスデザイナーである後藤優人氏は、NTTデータのシステム開発・インフラエンジニアとして14年のキャリアを積んだ後、22年にデザイン部門へと転身した異色のバックグラウンドを持つデザイナーだ。その知見を生かし、現在は「組織のサイロ化(分断)」という経営課題に対し、デザインのアプローチで切り込んでいる。

なぜシステムに強いNTTデータが「デザイン」にこだわるのか。「正しい打ち手」がユーザーに刺さらない時代に再定義する、顧客のための「CXマネジメント」NTTデータ シニアサービスデザイナー 後藤 優人(ごとう・ゆうじん)氏
2008年にインフラエンジニアとして入社し、サーバーやネットワークの構築に従事。22年に〈Tangity〉へ参画。さまざまな業界のCXの全体設計に取り組む。

「大規模な企業ほど、部門ごとに異なるKPIを追うため、CXがバラバラになりがちです。各部門が個別に進めている施策を、ユーザー視点で1本の線につなぎ、トータルでのCXを向上させるためのグランドデザインを描いています」(後藤氏) 

現場レベルでは課題を感じつつも、月次の数字に追われて身動きが取れない担当者のジレンマを、エンジニア出身ならではの共感力でくみ取る一方で、組織全体を動かすためにトップ層へも直接働き掛け、組織横断的なワーキンググループの組成や、共通の指標(KGI/KPI)構築を推進する「調整役」を担っている。

「ロジカルな打ち手を着実に積み重ねて、入り口で期待を高めるほど、ユーザーが実際のサービスに触れたときの落差は広がり、長い目で見たときに、かえってその後の体験を損ないかねない」と後藤氏は危惧する。現場での施策の相互作用を丁寧に解きほぐし、テクノロジーとビジネス、ユーザー視点を束ねるのがデザイナーの役割だと考え、現在、部門を超えた構造に根差す課題に真っ向から取り組んでいる。

一方、シニアサービスデザイナーの河村真理子氏は「問いの再設定もデザインの役割」と話す。以前に担当した通信事業会社の案件は、まさにその一例だ。

なぜシステムに強いNTTデータが「デザイン」にこだわるのか。「正しい打ち手」がユーザーに刺さらない時代に再定義する、顧客のための「CXマネジメント」NTTデータ シニアサービスデザイナー 河村 真理子(かわむら・まりこ)氏
2008年に入社し、研究職や広報部門を経験、18年にデザインスタジオ〈AQUAIR〉、20年にデザインチーム〈Tangity〉の立ち上げに携わる。サービス企画・開発からデザインチームのマネジメントまで幅広く手掛ける。

「最初のご相談は、サイトの利用率向上に向けたUIの刷新でした。背景にあったのは、電話サポートの課題です。災害や大規模な通信障害が発生するとコールセンターへの問い合わせが集中し、応対が追い付かなくなるほか、有人対応故の『時間の制約』も大きな壁となっていました。こうした状況を解消すべく、24時間365日、場所を問わずユーザー自身でトラブルを診断・解決できるサイトの運用を開始したものの、当初の想定に比べて利用率が伸び悩んでいるという課題に直面していました」(河村氏)

そもそも「トラブルを自己解決してほしい」という発想自体が企業側の目線といえる。トラブルに直面し、切羽詰まった状況にあるユーザーが冷静に対応できるとは限らないし、深刻な回線トラブルなら、解決サイトにアクセスすること自体が困難だ。

そこで目指すべきゴールを「回線トラブルを自己解決させる」から「回線トラブルの原因に応じて最適な手段(自己解決/修理手配/障害状況把握など)を選択できる状態にする」ことへと再設定。宅内の配線抜けや配線不備、広域障害など、トラブルの原因は多岐にわたる。そこで、個々の状況やユーザーのリテラシーに応じ、「自己解決が可能な層」と「対人対応を要する層」とを適切に“トリアージ”する仕組みを構築。当初はサイトのUI改善が目的だったが、真の解決には契約時からの案内を含めた一貫した体験設計が不可欠だと判明した。

単なる画面改修にとどまらず、ユーザーを迷わせず最適な窓口へ導く「サポートの仕組み」そのものを再構築するプロジェクトへと、その領域を広げていったという。

「特定サイトのUI改善」から小さく始まった取り組みは、ユーザーの満足度を向上させ、企業側は負担が減るという体験価値の提供につながり、CX向上プロジェクトとして、今も広がり続けている。

ただ逆に「ユーザー視点にさえ立てば、体験が良くなるというのも思い込みだ」と河村氏は言う。「脳卒中を経験した人のリハビリプラットフォームの設計に携わったとき、エンジニアから、まひのある部分の可動域の改善をリアルタイムに可視化する機能を提案されたことがあります。しかし、ユーザーの声を丁寧に聴いていくと、突然のまひなどでショックを受けている障害受容の途上にある患者に、回復の数値を突き付けることは、かえってストレスを与える可能性もあることが見えました」

ユーザーを思う気持ちは、エンジニアもマーケターも同じだ。しかし、「こうあるべき」から組み立てた打ち手は、論理的に正しくても一般解になりやすく、ユーザーの思いからズレてしまうこともある。

一方で「ユーザーの声を聴く耳」「全体を見る目」「形作る手」を一人の中に持つことで、デザイナーは「たった一つの解」を導き出す触媒になれるのだ。

「優れた技術や正しい論理が、必ずしもユーザーをハッピーにするわけではありません。だからこそ、対立や否定ではなく、共感しながら全体を最適化する視点が大事だと思っています」(河村氏)

バラバラのKPIが、一つのビジョンに変わるとき

Tangityには、デザインを専門に学んだメンバーだけでなく、広報やブランディング、マーケティング、リサーチなど多様なバックグラウンドを持つ人材がそろう。社内異動だけでなく、社外からの転職者も多く、30代が中心だが、20代や50代もいるという。

前職のオフィス家具メーカーでプロダクトデザインとマーケティングを経験し、異業界からTangityに加わった高橋延忠氏もその一人だ。今では、得意なプロダクト領域にとどまらず、グラフィックやUI、コンセプト設計まで幅広くチャレンジしているという。

「Tangityでは、無理にチャレンジしているのではなく、自分のフィールドが自然に広がっていく環境なんです」(高橋氏)。

なぜシステムに強いNTTデータが「デザイン」にこだわるのか。「正しい打ち手」がユーザーに刺さらない時代に再定義する、顧客のための「CXマネジメント」NTTデータ サービスデザイナー 高橋 延忠(たかはし・のぶただ)氏
オフィス家具メーカーでプロダクトデザインやマーケティングを経験した後、2023年に経験者採用で〈Tangity〉にジョイン。公共分野を中心にサービスデザインに取り組む。

まったく別の業界からの転職の動機は、体験全体を描く立場で関わりたいと思ったから。「プロダクトデザインも、同じ会社で経験したマーケティングも、それぞれの役割の中で最適化を図る仕事でした。ただ、体験は部門ごとに切り分けられるものではありません。サイロの外から全体を描く立場で関わりたいと考えたのです」(高橋氏)

今、その手応えを最も感じるのは、プロジェクトの目的地が変わる瞬間だ。サイロ化した部門の目標だけを追っていると、ゴールはどうしてもKPIのような数値の「断片」になりがちだ。それを「ユーザーにどんなハッピーを届けるか」という具体的なイメージへ置き換えることができたとき、関わるメンバーの熱量が上がる。そして、追究するプロセスそのものが「楽しさ」で満たされていく。

「分かりやすく言うと会議の風景が一変するんです」(高橋氏)。キックオフでは座って資料を見つめていたメンバーが、立ち上がってホワイトボードの前に集まるようになる。デスクの上の書類はモックやサンプルといった「触れる物体」に変わり、議論は抽象的な言葉から、具体的な体験を巡る対話へと移っていく。

「会議室に湯気が見えるくらいの熱気が生まれたとき、バラバラだったKPIが一つのビジョンに統合されていくのです。プロジェクト終了時に皆で『楽しかった』と言い合えるバイブスを大切にしたいと思っています」(高橋氏)

作って終わらない。体験を回し続けるデザイン

近年のデザイン思考の広がりとともに、デザインを開発の上流に位置付けるプロジェクトは増えている。しかし、デザインチームがユーザーリサーチから体験設計までを仕上げてエンジニアに渡す、という直列型の工程では、その引き継ぎの瞬間にまた分断が生まれてしまう。

一方、Tangityで進行中のプロジェクトは、デザイナーがエンド・ツー・エンドの全工程に伴走する並列型だ。エンジニアによる開発には、機能リリースや承認といった動かし難いマイルストーンがある。デザイナーはそれを制約条件として受け入れながら、開発のリズムに合わせてプロトタイプを当て、小さな検証を重ねていくのだ。

もっとも、「デザインの活用は、まだNTTデータ社内でも発展途上です」と3人は口をそろえる。全ての案件でキックオフの瞬間からデザイナーがアサインされるわけではないからだ。

とはいえ、国内のデザインコミュニティーは600人規模に成長し、ミラノ、ミュンヘン、ロンドンなど海外拠点とのナレッジ共有も加速している。「上流工程でこそデザイナーを介在させなければ、本質的な価値は生まれない」という認知は着実に広がっている。目指すのは、システム開発の構想策定段階からデザイナーを体制に組み込むことが、揺るぎない「当たり前」となる未来だ。

「技術もニーズも絶えず変化する中で、体験設計は一度作って終わりではありません。デザイナーが開発の初期からチームに加わり、不完全でも形にしてユーザーに当てていく。このプロセス自体が運用フェーズの予行練習になって、CXを回し続けるマインドが自然に根付いていくことも重要だと思います」(河村氏)

Tangityという名前は「タンジブル=手触りのある」に由来する。正しいロジックを、「ユーザーの手触りのある体験」へと昇華させる意志だ。優れたCXの実装は現場の工夫だけでは完結しない。部門を横断した指標設計や意思決定の在り方まで踏み込んで変革することで、初めて体験は一貫性を持つ。継続的にCXを改善するマネジメントサイクルをいかに組織に組み込めるか、その戦略こそが、顧客満足度だけでなくLTVや事業成長の持続性を決定づけるのである。顧客接点のデジタル化が前提となる今、CXはもはやマーケティング施策の一部ではない。CXマネジメントは「企業の競争力を左右する経営課題そのもの」と捉え直す必要があるだろう。

“体験を回し続ける”取り組みを、経営の仕組みとしてどう設計するか。
CXマネジメントの全体像は、以下の記事でも整理しています。
描くだけで終わらせない、収益を生むCXマネジメント
●問い合わせ先
株式会社NTTデータ
https://tangity.global/ja