ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
次世代に引き継ぐ大震災の教訓

職員激減で機能不全に陥った被災地・石巻
市民、職員が振り返る「平成の大合併」の弊害

加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]
【第12回】 2012年3月14日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage
3月11日午後2時46分、黙祷を捧げる(2012年、石巻市)
Photo by Yoriko Kato

東日本大震災の死者・行方不明者の数が3280人にものぼった石巻市には、いまだに解体されない家屋が立ち並ぶ海辺の集落がある。盛り土でできた道が、水没したままの集落を突き抜ける。重機が入れず、インフラも敷かれず、朽ちていくのを待つだけのような町。

「これが、震災から1年の光景?」

ファインダーを覗きながら、思わず口にしていた。堤防の側には、捜索活動を続ける警察車両が見える。市中心部も大きく被災した石巻市だが、同じ市内でも時間の進み方の差があまりにも大きいと感じた。遠隔地は支援の手がなかなか入らない証拠だ。

石巻市は、7年前に1市6町が合併し、広域化した。地域を支える自治体そのものが被災した同市で、大震災は、市町村合併に伴う様々な課題を浮かび上がらせた。市民や自治体職員の話から、この1年を振り返った。
(フォトジャーナリスト 加藤順子)

市の大きさは東京23区の3分の2に
職員400人減少で起きた“リーダー不在”

<避難所で>

 「市町村合併した自治体では、全市で被災することもあるんだということを学んでほしい」

当時、湊小学校で避難所対策本部長をつとめていた庄司慈明氏。石巻市の市議会議員でもある(2011年7月、石巻市)
Photo by Yoriko Kato

 街中にヘドロの腐敗した臭いが漂い、肥大化したハエが飛び交っていた7月。避難所となっていた石巻市湊小学校で、避難所対策本部長をつとめていた庄司慈明氏はそう語っていた。庄司氏は市内で税理士事務所開業し、市議会議員もつとめる地域のリーダー的な存在だ。

 自治体ごと被災してしまった市が、職員不足などにより機能不全に陥り、避難所運営もその影響を受けていた。その原因は市町村合併にあると、庄司氏は訴えた。

 石巻市が広域化したのは、2005(平成17)年の春。1市6町が合併して、面積は556平方キロメートル、東京23区の3分の2ほどの広さになった。市町村合併の目的は、スケールメリットを生かした自治体の財政運営にある。庄司氏の言葉を借りれば、要するに自治体のリストラだ。当時2000人ほどだった市の職員は、400人ほど減っておよそ1600人になっていた。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]

気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。最新刊は『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)。
ブログ:http://katoyori.blogspot.jp/


次世代に引き継ぐ大震災の教訓

東日本大震災から1年。首都直下型地震をはじめ次なる巨大地震の可能性も示唆され、国民に不安が広がるなか、我々現役世代は何を為すべきか。それは東日本大震災から得た教訓を、次世代へと確実に引き継ぎ、活かすことではないだろうか。そしてその役割はこの1年間、着実に果たされてきたと言えるのか。各分野の専門家へのインタビューと現地取材を交えたレポートで検証する。

「次世代に引き継ぐ大震災の教訓」

⇒バックナンバー一覧