それでも資本主義の増殖が止まらない一因は、人々の欲望を刺激するように工夫された商品が不断に創出され、それをを人びとが競うようにして求めるからだ。

 しかも、人びとは際限のない購買欲を満たすために少しでも多くの所得を稼ごうとして「勤労意欲をますます高め、たとえ給料が変わらず、むしろ下がることになっても、現在の労働市場と労働環境の厳しい要求に従うようになる」(W・シュトレーク『資本主義はどう終わるのか』)。

 この結果、生き延び繁栄するのは資本主義であり、失われるのは人びとの生活と精神の豊かさである。

 アルジェリアのフランスからの独立を目指し植民地主義と激しく闘った思想家、フランツ・ファノンは「ひとつの橋の建設がもしそこに働く人びとの意識を豊かにしないものならば、橋は建設されぬがよい。市民は従前どおり、泳ぐか渡し船に乗るかして、川を渡っていればよい」(『地に呪われたる者』)と述べた。

 橋の建設が支配者にもたらす利益や橋の通行者が得られる便宜よりも、その建設のために駆り出され働く人びとの精神的な豊かさを優先しなければ、宗主国に支配された植民地の人びとは永遠に解放されないというわけだ。

 ファノンが言う「橋」を、現代の資本主義の下で次々と創出される新製品や新サービスと、その生産と販売のために劣悪な条件と環境の下で労働を強いられる人びとの精神に置き換えてみれば、同じことが言えるのではないか。

「打倒」しなければ
生きる基盤が破壊される

 拡大する不平等や際限ない欲望と人びとが闘わずに、耐えて待つだけでは資本主義はいつまでも終わらない。

 そのための第一歩は、月並みだが「適度な必需品による豊かな生活や安定した『善き生』」(D・ハーヴェイ『資本主義の終焉』)に真の幸福を見いだすことだろう。

 そうでなければ、どんな手段を使っても増殖を続け生き延びようとする資本主義の猛威によって、人びとが生きる社会的、自然的な基盤までが破壊されてしまうのである。

(立命館大教授 高橋伸彰)