佐野元春はロッカーである。しかし、その作風は変幻自在。時代の空気を読み、それを感じ言葉を紡ぎ出す。そして、それを曲に乗せて私たちに届けてくれるのだ。現在、新アルバム『MANIJU』を引っさげてツアーをまわる佐野さんに、アルバムのこと、ご自身の近況、さらに、自由について、語ってもらった。

ロックンロールは最高のアートフォームだ

── 佐野さんが自らを完全に肯定できるようになったのはいつ頃からですか?

 それはもちろん、ぼく個人の人生においてはいつだって怖れもあるし、喜怒哀楽ももちろんあります。当然、そのことは変わらないですよね。でも、ロックンロールをやっている佐野元春はスーパーな存在ですね。これもまた変わらない。

 そこには強いビートがあるし、言葉があるし、ぼく自身のこの肉体がありますから。ぼくはそれを肯定する。レコードから、ステージから発光するものは、非常に強いものに違いないとぼくは思う。

── 佐野さんにとってのロックンロールとはどのようなものですか?
 フォークでも歌謡曲でもなく、言葉にビートを伴った音楽、もしくは、ビートに言葉が伴った音楽。だから、ぼくの作り出す音楽は、言葉とビートとメロディ、ハーモニー、それらが音楽的に複雑に一体化した表現です。

 いろいろなアートが世の中にはありますが、ロックンロールほど光を放つアートフォームは他にないと思う。たとえば絵画も素晴らしいものだと思うし、もちろん画家の込めたメッセージやスピリットはあるかもしれないけれど、そこに画家の肉体はない。ロックには、言葉を書いてそれを発する肉体があって、強力にアンプリファイアされた巨大な言葉とビートと音がある。これほど聴き手にダイレクトに突き刺さるアートフォームは他にないと思う。

 ぼくがデビュー以来、どうして40年近くもロックンロールというアートフォームを採用しているかというと、この表現を、この表現の強さを、魅力を知っているからです。そこの信頼は揺らいだことがないですね。

── 一度もない?
 (即答)ないです。ぼくは、ソングライティングを始めたころからから今まで、ロックンロールに対する態度がぶれることはなかった。いま自分が生きている世の中がこうだから、と、自分の曲作りがぶれることはないし、こういうことがあったから変わった、ということもない。

 むしろ、なにがあっても、ソングライティングとロックンロールだけはいつも自分の中にあったなあ、と実感しています。たとえ世の中にどのような変化があるように思えてもね。

── その揺るぎなさは見事ですね。

もちろん歌の内容、表現のしかたについては迷ったことはありました。その時代その時代の聴く人の想いとぼくの表現方法がマッチしていないんじゃないかと感じたとき、これは迷いになりますよね。

── そういうときはどうされるんでしょう?
 ぼくは曲をまったく書かないことにしましたね。何年もアルバムを出すことなく沈黙をしていた時期がありますが、それは表現のしかたにまだ迷いがあった時期と言えるかもしれません。