ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
連載経済小説 東京崩壊
【第18回】 2012年4月20日
著者・コラム紹介バックナンバー
高嶋哲夫 [作家]

危機管理室

1
nextpage

第2章

3

 総理官邸地下に設けられた危機管理室は、沈痛な空気に包まれていた。

 能田総理は目で閣僚の数を数えた。やはり10分前と同じだ。

 全部で7名。全閣僚の半分にも満たない。これで会議は成り立つのか。非常事態の会議なので仕方ないのだろうが、マスコミに叩かれるのは必至だ。危機対応がなっていない、閣僚の任命責任、政権与党の資格なし……。言われ続けてきた言葉が浮かんだが、そのすべてが否定しようのない事実である気がしてくる。いや、事実なのだろう。与党の3分の1が役にも立たない1年生議員だ。

 外務大臣は新幹線の中だ。熱海の手前で止まっていると連絡が入った。財務大臣と防衛大臣は車で官邸に向かっているが渋滞に巻き込まれている。おそらく到着は明け方になるということだ。

 官房長官までがまだ到着していない。現在、上野近辺で立ち往生していると報告があった。だから最初からヘリで迎えに行けば良かった。法務大臣は青山に住んでいるにも関わらず、ヘリを要求してきた。どこに降りろというのだ。歩いてでも来ることが出来る距離だ。思わず怒鳴りつけようとした声を呑み込んだ。今は法務大臣より、防衛大臣や財務大臣のほうが数倍も必要だ。

 いずれにせよ、緊急時のマニュアルがほとんど役に立っていない。

 出席閣僚たちは正面のディスプレイに見入っている。

 部屋の正面に三面ある大型ディスプレイには、二面にテレビ中継、右端のディスプレイには被害状況が映し出されている。

 真夜中のターミナル駅に溢れる帰宅困難者、駅の階段や通路に座り込んだり横になっている人々。携帯電話が通じず、公衆電話に並ぶ長い列。止まった電車から降りて駅員に誘導されながら線路上を歩く人たちもいる。地下鉄、地下街からは、出口に殺到する人々の映像が映し出されている。

 国家の緊急時に頼りにすべきがテレビ局の映像か。総理は心の中で呟いた。

〈首都東京の弱点が浮き彫りになった現実です。来ることが分かっていた首都直下型地震、政府は十分な準備もなく、この時を迎えてしまいました〉

 テレビではアナウンサー、コメンテイタ―共に、東京の脆弱性と政府の準備不足を強調している。

 「勝手なことを言いおって」

 総理は無意識のうちに呟いていた。

 「最新の被害状況は分かっているか」

 「正確な数値はまだ入ってはいませんが、現在のところ死者29名、病院に運ばれたものは300名を超えているようです。何件か火事が出ましたが、すべて鎮火に入っています。一般住宅の倒壊はかなり多くなりそうですが、高層ビルの倒壊の恐れはありません」

 しかし、死者の数が少なすぎはしないか。死者のうち、地震が直接原因で亡くなったのは一桁だ。残りは地下街や建物から出口に殺到したための圧死や、車の衝突、暴走した車に撥ねられたものだ。冷静に行動すれば死なずにすんだものをと思っても始まらない。

 中央防災会議が出した首都直下型地震の被害想定は、1万3000人ではなかったのか。ホッとすると同時に腹立たしさがこみ上げてくる。

 

1
nextpage
スペシャル・インフォメーションPR
ダイヤモンド・オンライン 関連記事
自分の時間を取り戻そう

自分の時間を取り戻そう

ちきりん 著

定価(税込):本体1,500円+税   発行年月:2016年11月

<内容紹介>
生産性は、論理的思考と同じように、単なるスキルに止まらず価値観や判断軸ともなる重要なもの。しかし日本のホワイトカラー業務では無視され続け、それが意味のない長時間労働と日本経済低迷の一因となっています。そうした状況を打開するため、超人気ブロガーが生産性の重要性と上げ方を多数の事例とともに解説します。

本を購入する
著者セミナー・予定
(POSデータ調べ、11/20~11/26)


注目のトピックスPR


高嶋哲夫 [作家]

1949年、岡山県玉野市生まれ。1969年、慶應義塾大学工学部に入学。1973年、同大学院修士課程へ。在学中、通産省(当時)の電子技術総合研究所で核融合研究を行う。1975年、同大学院修了。日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)研究員。1977年、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)へ留学。1981年、帰国。
1990年、『帰国』で第24回北日本文学賞、1994年、『メルトダウン』で第1回小説現代推理新人賞、1999年、『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞で大賞・読者賞など受賞多数。
日本推理作家協会、日本文芸家協会、日本文芸家クラブ会員。全国学習塾協同組合理事。原子力研究開発機構では外部広報委員長を務める。


連載経済小説 東京崩壊

この国に住み続ける限り、巨大地震は必ずくる。もし巨大地震が東京を襲ったら、首都機能は完全に麻痺し、政治と経済がストップ。その損失額は110兆円にもおよび、日本発の世界恐慌にまで至るかもしれない――。今後、日本が取るべき道は何か。その答えを探る連載経済小説。

「連載経済小説 東京崩壊」

⇒バックナンバー一覧