ある特定の場面では何も話せなくなる「場面緘黙(かんもく)症」という症状については、以前も当連載で取り上げた(第108回参照)。
「引きこもり」の背景にある状態の1つとされながら、原因が精神疾患や脳機能障害では説明のつかない「緘黙症」。なかには、特定の場面だけでなく、家族を含めて、すべての場面において話すことができない「全緘黙症」になる人もいる。
最近わかってきたのは、そんな状態が長く続くことによって、社会的制約を受け続ける「大人の緘黙症」の存在だ。
幼稚園の女性教諭に怒られ
自信喪失、緘黙症に
かつて大手メーカーに勤めていた30歳代のAさんは、幼稚園生のときから緘黙症に苦しんできたという。
Aさんの場合、幼稚園に入園するまでは「活発な子どもだった」らしい。
「担任の女性教諭に怒られた記憶があるんですね。いま思えば、ブチ切れたような怒り方。自分としてはショッキングで、それまでの自信とかプライドが、すべて粉々になった瞬間でした」
緘黙症になる人は、そのきっかけを覚えていることが少ない。気づくと、周囲の人間関係にうまくなじめなくて、不安が強くなっているのだ。
Aさんは、何かで教諭に怒られたことによって、自信が崩壊。その直後から、自己表現ができなくなって、自分を出すことがなくなったという。
合唱の時間のときは、いつもバレないように歌うふりをして、周りに気を遣った。
小学校に入学してからも、国語の音読ができなかった。国語の時間、先生に当てられて、どう切り抜けたのかは、よく思い出せないという。
ただ、運動は、マットも鉄棒も得意だった。そのことは、自信につながった。
「遠足のとき、1人ぼっちで、お弁当を食べていたら、担任の先生が一緒に食べてくれました。その先生と信頼関係ができたことで、少し症状が改善して、国語の時間もしゃべれるようになったんです」