米国の小さな町フラミンガムで1948年から継続している国家的調査研究がある。至ってシンプルに「フラミンガム・ハート・スタディ(FHS)」と命名されたこの研究は、循環器分野ではバイブルに匹敵する権威。喫煙習慣や高血圧、脂質異常症(いわゆる、高コレステロール血症)などの心血管系疾患発症リスクは、すべてこの研究から「絶対悪」と認定されたといっても言い過ぎではない。
先日、そのFHSから気になるトピックスが報告された。それによると、認知症や脳卒中の発症リスクは別に医者にかかるまでもなく(!)わかるそうだ。ポイントは「歩く速度」と「握力」。FHSの一環として、平均年齢62歳の男女2400人に対し、歩く速度と握力、認知機能を記録した後、11年間追跡調査を行った。その結果、同年代の男女より1.5倍歩くのが遅い人は認知症を発症しやすく、握力がより高い人は、42%も脳卒中や一過性の脳虚血発作を発症するリスクが低いと判明したのである。
高齢者では、身体活動レベルが低いほど認知症発症リスクが上昇することはよく知られていたが、今回の対象者は65歳未満の中高年。ついでに「遅歩き」と記憶力、言語能力、意思決定能力の低下が関係することも明らかになった。逆に握力が強いほど、意思決定診断テストのスコアが好成績のようだ。営業回りの際にでも、自分自身で同年代の歩く速度をチェックしてみよう。
残念ながら今回の報告では、肝心要の「なぜこんな現象が起こるのか」までは解明されていない。高齢者を対象に行われてきた研究結果から仮説を立てると、認知機能の低下イコール老化ではなく、身体機能の低下から外部刺激が激減し、結果的に認知機能を悪化させると推測できる。知的刺激に限らず、生理的刺激も「脳力」を鍛え維持する要素なのだ。
さて、そろそろ春の特定検診を目前に「にわかランナー」が増える季節。ランニングのついでに握力鍛錬用のグリップを握って走るといいだろう。筋トレは脳トレに通ず、である。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)