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山田久の「市場主義3.0」

「市場主義1.0」がもたらした不可逆的変化
サッチャー、レーガン、小泉改革の意味

山田 久 [日本総合研究所・調査部長・チーフエコノミスト]
【第2回】 2012年7月18日
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前回、経済・社会システムの両面で政府介入を排し、市場原理を極力使おうとしたのが「市場主義1.0」であると述べた。その典型的ケースとして挙げられるのがサッチャーおよびレーガン政権時代の英米である。そこで今回は、サッチャーおよびレーガン政権下の英米両国の状況を振り返り、「市場主義1.0」が果たした歴史的意義を考えたい。

「市場主義1.0」=「新自由主義国家」
ケインズ型福祉国家の抜本的改革

 1979年5月、英国ではマーガレット・サッチャーが首相となり、ケインズ型福祉国家の抜本的改革に着手する。いまでこそ英国は「新自由主義国家」の典型とされるが、第2次大戦直後は社会民主主義的な方向の政策が展開されていた。「揺りかごから墓場まで」といわれた福祉国家の建設は英国で始まったし、重要産業の国有化も進められた。完全雇用の維持を目指して、ケインズ主義的な総需要管理政策も積極的に行われていた。

 しかし、こうした福祉重視、反景気循環的な政策は、経済・社会両面で国家依存を高め、低成長化とインフレの高進を併発する「スタグフレーション」を常態化させ、かえって国民生活水準の低下をもたらした。そうした状況を打破しようと、「サッチャー改革」は、伝統的ケインズ政策の否定による金融・財政の引き締めスタンスへの転換にはじまり、税制改革、国有企業の民営化、社会保障改革、金融市場改革と、非常に多岐にわたる文字通りの抜本改革をめざした。これにより、当初は景気の悪化、失業率の上昇がみられたものの、徐々に成長率は回復し、80年代後半期には失業率は低下に向かった。

 一方、米国では1979年10月、カーター政権のもとで連邦準備委員会議長に選任されたポール・ボルカーが、金融政策面でのケインズ主義の否定に乗り出したことが「市場主義1.0」の嚆矢となった。ボルカー議長はインフレの抑制を目指して、政策目標を金利からマネーサプライのコントロールに変更したが、これが実質金利の急激な上昇をもたらして景気は後退に陥った。そうしたなかで1980年に大統領となったロナルド・レーガンは、ボルカーを支持すると同時に、自らも「ケインズ主義福祉国家」の解体に着手した。「小さな政府」をスローガンに、規制緩和の徹底、減税、予算削減、労働組合への攻撃など、新自由主義的な政策を大規模に行っていった。

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山田 久 [日本総合研究所・調査部長・チーフエコノミスト]

やまだ ひさし/1987年京都大学経済学部卒業、2003年法政大学大学院修士課程(経済学)修了。住友銀行(現三井住友銀行)、日本経済研究センター出向等を経て93年より日本総合研究所調査部出向。同経済研究センター所長、マクロ経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長等を経て11年より現職。専門はマクロ経済分析、経済政策、労働経済。著書に「北欧モデル 何が政策イノベーションを生み出すのか(共著)、「市場主義3.0」、「デフレ反転の成長戦略『値下げ・賃下げの罠』からどう脱却するか」、「賃金デフレ」など。


山田久の「市場主義3.0」

わが国は、実質成長率の低下、デフレの長期化、雇用情勢の悪化などの構造問題に直面し、閉塞感が強まっている。その原因は、戦後に形成された経済社会システムがすでに賞味期限切れを迎えているにもかかわらず、新たな時代環境を先取りした国家ビジョンが構築できないままに、政策議論が混乱し続けていることに求められよう。本連載では気鋭のエコノミストである日本総研の山田久調査部長が、大震災後、欧米ソブリン危機後のわが国が目指すべき「新しい成長社会」の具体的なあり方を探っていく。

「山田久の「市場主義3.0」」

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