「大臣はなぜ、僕なんかに頼むんだ。他にルートはいくらでもありそうなものなのに」

「インターナショナル・リンクに正式に電話をしたんだけど断わられたの。そういうことはやってないと。それに秘密にしておきたいのよ。公になると、もっと困ったことになる。国が一企業に泣きついたことになるのよ。だから今日も自分の部屋で会わなかった」

 優美子が声のトーンを落として言った。

「国のトップがダラスに会おうとして断わられたこともあると聞いてる。それだけ公正を図りたいんだ。当然の話だと思う」

 優美子も黙ってしまった。たしかに、一国の大臣が民間のCEOに面会を申し込むなど普通ではないことなのだ。

 2人で日比谷公園のベンチに腰をかけた。

 森嶋は携帯電話を出してメモリーを検索した。電源が入ってないか電波の通じないところにいます、という言葉が帰ってくるだけだ。横で真剣な表情をした優美子が見つめている。

 森嶋は数回繰り返した後、ロバートに電話した。

 事情を話すとロバートの笑いを含んだ声が返ってくる。

〈ダラスは重要発表の前は部外者用の携帯電話の電源を切っているんだ。彼は俺の知る限り電話を3台持ってる。いや、もっと多いかもしれないがね。おまえが掛けてるのは、部外者用のものなんだろ。彼に用か〉

 森嶋はロバートに財務大臣が会いたがっていることを話した。

「一緒に行ってくれると有り難い」

〈俺にだって仕事がある〉

「日本の運命がかかっていると思ってくれ。協力してくれると恩義は忘れない。俺も大臣もね」

〈日本人の魅力の一つだ。しかし、ミスター・ダラスが尊敬すべきところは公正なところだ。頼まれて評価を変えるようなことはない。だからこそ、インターナショナル・リンクが世界で最も権威があり、信頼され、影響力のある格付け会社だと認められた。彼らは自負も持っている〉

「頼むことはなにもない。日本の現状と首都移転の状況を説明するだけだ」

〈やはりおまえは、俺抜きで彼と会ったのか。しかし説明してどうにかなる問題でもないと思うがね〉

 文句は言いながらもロバートは10分後に電話を掛け直すと言って切った。

 きっかり10分後にロバートから電話があった。

〈ただし大臣は抜きだ。ダラスは政治家と政治が好きじゃないんだ〉

 森嶋は了解と答えた。

(つづく)

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