ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~

唯一生存した男性教諭の報告に大きな矛盾!?
大津波後の大川小生存者を見た夫妻の証言

加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]
【第9回】 2012年9月5日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

東日本大震災の大津波によって、児童・教職員84人という世界でも例のない犠牲者が出た石巻市立大川小学校。震災から1年5ヵ月が経過したが、なぜこれほどの児童・教職員が犠牲にならなければならなかったのか、今もまだ真実は明らかになっていない。大津波が襲った当日、大川小の生存者の様子を目撃したという夫妻がいる。夫妻はあの日、どんな事実を見ていたのか。

裏山からみた大川小。入釜谷の国道に出る林道につながる。(2012年2月14日、石巻市釜谷)Photo by Yoriko Kato

 東日本大震災の津波被害で、児童と教職員の計84人が、死亡・行方不明となった現場、石巻市立大川小学校の被災校舎付近はいま、多くの人がひっきりなしに訪れる観光スポットとなっている。

 献花台で手を合わせ、痛々しい姿になった校舎を半周してから、学校の裏山を見上げ、口々につぶやく。

 「こんな近くに山があるのに、なぜ」「この角度はちょっと……」「ここから登れたんじゃないの?」

 災害や事故の被災現場をめぐる追悼の旅を、ブラックツーリズムというそうだ。大川小には、そのようなツアーバスやレンタカー、他県ナンバーの車が、次々と来ては去っていく。

 多くの人がため息と共に見上げるこの山の根をまわったところに、小さな工場がある。津波被災当時、周辺の集落の人々が避難していたところだ。

 私たちは、この工場の経営者が、大川小の生存者の当日の様子を知っていると聞いて、話を聞きに行った。

A教諭の証言は実は別人の証言?
夫妻が見た真実と報告書の間にある矛盾

 「A先生の報告書は、最初から全部嘘なんです。だいたい9割方は嘘だから。なんで嘘ついたんだかは、わかんないですけども」

 私たちが訪れた目的を説明すると、工場の社長は、市教委が作成した生存教諭の聞き取り書について、いきなり、そう切り出した。

 報告書とは、市教委の加藤茂美指導主事(当時)が、震災から2週間後の3月25日に、被災当時と直後の様子を、教職員で唯一生存したA教諭から聞き取り、翌4月に入ってからまとめたものだ。柏葉照幸前校長に連れられて、A教諭が市教委まで証言に訪れた時の様子は、前々回、加藤氏が私たちに語った話のなかで、紹介した。

 社長夫妻の話によると、この報告のなかには、いくつも矛盾点があり、A教諭とは別人の証言のように読めるという。

 私たちは、市教委を通じて再三A教諭への取材の問い合わせをしているが、「主治医からの許可が出ない」「自分たちも直接話ができない」(指導主事)と説明されている状況だ。

 まずは以下に、市教委が作成した聞き取りの報告書のなかから、「被災時、避難誘導に当たった教諭Aの聞き取り調査の概要」の一部を紹介する。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]

気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。最新刊は『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)。
ブログ:http://katoyori.blogspot.jp/


大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~

東日本大震災の大津波で全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。この世界でも例を見ない「惨事」について、震災から1年経った今、これまで伏せられてきた“真実”がついに解き明かされようとしている。この連載では、大川小学校の“真実”を明らかにするとともに、子どもの命を守るためにあるべき安心・安全な学校の管理体制を考える。

「大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~」

⇒バックナンバー一覧