それぞれが編んできた物語も「あってはならぬもの」へ

「過激派」アジトの革命戦士たちの現在 <br />「普通の市民」の中で空港敷地の周りには今も鉄骨でできたヤグラや監視小屋が複数残る。窓にはかつての「闘争」の記事も
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 両脇をフェンスに囲まれた道路を抜けた先に、「東峰神社」が見えてきた。ここは「農村」に生きていた人々の「拠り所」であり、これ以上の空港建設を阻止するために、そこに残った農民が土地の売却を拒みながら作った「飛び地」でもある。その鳥居の前に降り立つと、周りを囲むフェンスの隙間から監視を続ける警備員の姿が見えた。そして、背後にはB滑走路が延びている。

 成田空港の拡張工事は現在も進行しており、近年、その動きはより加速しているようにも見える。

 ここ数年、首都圏近郊の空港の動きだけでも、羽田空港への国際線乗り入れ、LCC(格安航空会社)対応を売りにした茨城空港のオープンといった大きな変化があった。拡大するグローバル化は、当然「空」の秩序も乱し、この地を以前とは違った意味で混乱させている。

「過激派」アジトの革命戦士たちの現在 <br />「普通の市民」の中で集会には今も数百人の新左翼党派の構成員が集まる
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 路線誘致・価格引き下げ競争が激化するなか、成田空港の地位が相対的に低下することへの危機感が、少なくとも空港運営会社や地元自治体・住民らにあるのは確かだろう。

 かつてそこでは、地域住民も、警察も、「過激派」も、そこに関わりを持とうとしたすべての人々が、それぞれの「正義」を掲げながら血を流してきた。時代は変わり、血が流れることはなくなった。だが、今でもそこにはいくつもの傷跡が残っており、そして、その傷が癒えるどころか、毒が回り、もはや壊死しそうになっているようにも見える。

「正義」は常に重層的なものだ。それは、社会の中に常に複数、分散、乱立して存在する。しかし、あたかも一つの「正義」があるかのように装うことで社会は凝縮し、安定を保とうとすることもある。

「正義」「善良」「合理」「中心」、あるいは「普通」といった価値。それらは常に、その時々の状況で一時的に構築されたものだ。「構築されたものに過ぎないから」と相対化するのもいいだろうし、「構築されたものだからこそあえて」と利用するのもいいだろう。ただ、その重層性に無自覚なままに、一つの絶対的な「正義」を求め続けることは「正しさなき『正義』」や「普通ではない『普通』」を生み出していくだろう。そして、それが結果的に、ナイーブな正義が求めていた良き社会の実現をむしろ遠ざける結果になるのならば、その「善意」にとって不幸なことである。

「自らこそ前衛的な存在であり、未来に普遍化する認識を体現している」。そう主張する「普通ではない市民」が、いつしか社会からは「あってはならぬもの」とされていくなかで、彼らが向き合い続けてきた問題もまた、社会の無意識の中へと葬り去られていった。それこそが、「平和で豊かな今の社会」を生み出したと見る者もいるだろうが。

「自らこそ世論を体現する存在であり正統で合理的な認識を体現している」と、時に強引にも見える形で主張する「普通の市民」。そして、そこに投影される「普通の市民」の「革命」願望。それに支えられた社会が向かう先は、未だ見えない。「あってはならぬ正義」が漂白された時代の「正義」の行方は——。

「過激派」アジトの革命戦士たちの現在 <br />「普通の市民」の中で東峰神社のすぐ上を今日も飛行機が通り過ぎていく
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 大きな音が聞こえ、空を見上げると、着陸態勢に入った飛行機が神社のわずか数十メートル上空を飛行していた。あの機体の中には、疲れて眠る者も、映画や音楽を楽しむ者も、スケジュール帳を開いて仕事の予定を確認する者も、そして、窓の外に広がる平和で豊かな日本の風景を見ながら旅の終わりを噛み締めている者もいただろう。

 彼らの中に、今もここに残る「あってはならぬもの」の存在に気づいた者はいたのだろうか。「普通の市民」が溢れ、熱狂する社会の中で、今もここに残る農民の、あるいはここを去っていった者の、この空港を新たな生活の拠点としていった者の、そして「革命戦士」の、それぞれが編んできた物語の存在に気づいた者はいたのだろうか。

「マッサージどうですかー」。都会だけでなく、地方の駅前や繁華街でも、「○○式エステ」「リラクゼーション」などと称し、アジア系外国人がマッサージを行う店舗を見かける。彼らはどこから来て、なぜそこにいるのか。そして、これからどこへ向かうのだろうか。第10回は、意識することはなくても、すでに多くの人の視界に存在する風景の裏側に迫る。次回更新は10月9日(火)予定。


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大人気連載「闇の中の社会学」が大幅に加筆され、ついに単行本化!

『漂白される社会』(著 開沼博)

「過激派」アジトの革命戦士たちの現在 <br />「普通の市民」の中で

売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネス…社会に蔑まれながら、多くの人々を魅了してもきた「あってはならぬもの」たち。彼らは今、かつての猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつある。私たちの日常から見えなくなった、あるいは、見て見ぬふりをしている重い現実が突きつけられる。

 

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『漂白される社会』 目次
はじめに

■序章 「周縁的な存在」の中に見える現代社会
闇の中の社会
現代社会とはいかなる社会なのか
「下世話」な存在の先に眠る契機
「周縁的な存在」と「無縁」
網野善彦に描かれた、かつての「無縁」
形を変えて生き残る現代の〈無縁〉
「無縁」の原理を貫く「周縁的な存在」
現代社会の「旅」の中へ

第一部 空間を超えて存在する「あってはならぬもの」たち

■ 第一章 「売春島」の花火の先にある未来
明治以前から売春を生業とする島
国家成長を支える公然のタブー
存亡の危機を迎える「売春島」
摘発と情報化で加速する島の衰退
「裏」の顔を捨てられない島の現実
原発誘致を巡る島民の葛藤、その選択
かつての遊女は最期の訪れを待つ
陰影にまぎれ去る者たち

■ 第二章 「現代の貧困」に漂うホームレスギャル
マクドナルドで眠る二人のホームレスギャル
池袋の少女たち
「移動キャバクラ」の実態
売春論が迎えている変化の特徴
小学生から薬物に明け暮れたリナ
キャバクラ、そしてホストクラブへの入店
「性」と「カネ」で満たされたマイカの人生
日々の顧客情報はノートで管理
わかりやすさが見落とした「現代の貧困」
夜の世界に頼れない二つの理由
わずかなつながりを頼りに今を生き続ける
「あってはならぬもの」が明らかにする社会の真実
二人のホームレスギャルが映し出す「現代社会のあり様」

第二部 戦後社会が作り上げた幻想の正体

■ 第三章 「新しい共同体」シェアハウスに巣食う商才たち
住民の死に直面したシェアハウス経営者
佐藤がシェアハウスの入居を懇願した理由
遺体の引き取りを拒否した遺族
「夜逃げ後処理屋」が営む巧妙なビジネス
遺品整理業の現場
二度目の「漂白」を迎えた佐藤の死
メディアが描くシェアハウス像への強い疑問
ほどよい“群れ具合"が物件運営のカギ
ネズミ講に求める一攫千金の夢
「オフ会ビジネス」に吸い取られるシェアハウスの住民たち
時代が生んだ「新しい共同体」に商才は群がる

■ 第四章 ヤミ金が救済する「グレー」な生活保護受給者
生活保護受給者となった元会社経営者
バブル崩壊で始まった破滅へのカウントダウン
ヤミ金にハマった松下に、ヤミ金が手を差し伸べる
「生活保護受給マニュアル」による過酷な演技指導
申請前から申請後まで、完備された受給情報
業者が斡旋するマンション、その二つの特徴
「純粋な弱者」への期待が見落とした本質
ヤミ金がもたらす「インフォーマルなセーフティネット」
「純粋な弱者」のみが許容される現代社会
「マイホーム」「幸せな家族」という幻想

第三部 性・ギャンブル・ドラッグに映る「周縁的な存在」

■ 第五章 未成年少女を現金化するスカウトマン
女のコの名前を“ポケモン"で管理するスカウトマン
キレイな街で見落とされる現代の「女衒」
未成年少女という「絶対的な聖域」
管理強化が可視化する売春ビジネス
巧妙に進化する“いかがわしさ"の代替機能
敏腕スカウトマンが語る「ビジネスモデル」の実態
情報化が生み出した新事業「援デリ」
細分化された欲望が生み出す市場のすき間
デリヘルのシステムを「援デリ」に応用
「援デリ」に訪れる環境の変化
「絶対的な聖域」があるための不可視性と希少性

■ 第六章 違法ギャンブルに映る運命の虚構
雑居ビルを彩る会員制の闇バカラ
現代の「貴族」が没頭するバカラの魅力
「持つ者はさらに持つ」象徴
「逸脱した存在」が生み出す新たな価値
闇スロットの「小さな逸脱」が人を魅了する
カネを巻き上げる手法は洗練され続ける
“馴染みやすさ"で浸透する野球賭博
熱中させる「ハンデ」の仕組み
胴元が備える絶対的な資金力
重層的な人脈が可能にする摘発逃れ
社会の隅々に浸透する「ギャンブル的な存在」

■ 第七章 「純白の正義」に不可視化される脱法ドラッグの恐怖
「ドラッグ専門家」に手渡された「脱法ハーブ」
ドラッグ吸引が引き起こした壮絶な体験
「違法」の網から逃れた、「合法」余地が拡大
薬物へのレッテルが和らげる恐怖感
「合法」薬物だから安心という「思い込み」
「ドラッグ初心者」にもたらされた変化
「脱法ドラッグ」十年の歴史
「純白の正義」で引かれた補助線の先にあるもの
売人が語る「脱法ハーブ」ビジネスの実態
社会問題ともされないアディクションのループ

第四部 現代社会に消え行く「暴力の残余」

■ 第八章 右翼の彼が、手榴弾を投げたワケ
マンションの一室に集められた「プロジェクトメンバー」
右翼団体代表がWEBサイトの運営を始めた理由
「仁義」「任侠」「絆」、そして「良心」への期待
似非同和で成り立つ「怪しい」ビジネス
力と知恵を併せ持つ者だけが生き残れる時代
右翼団体代表として迎えた絶頂期
“シャバ"は小野を受けいれる「余裕」を失う
右翼になるまでの人生
時代の変化で可視化された虚像の実態
「勢い」を見せつけた先にあるもの

■ 第九章 新左翼・「過激派」の意外な姿
デモの中の「普通の市民」ではない者たち
街中に佇む「過激派」のアジト
組織が高齢化する当然の理由
縮小を迎える「学生運動」と「労働運動」
「社会を変えたい」と活動に参加した高井
若者はなぜ、「過激派」に参加したのか
今も続く「三里塚闘争」の現場
「三里塚闘争」が残した二つの爪痕
見落とされる「正義」の重層性
六十歳の活動家が語る闘争の現在

第五部 「グローバル化」のなかにある「現代日本の際」

■ 第十章 「偽装結婚」で加速する日本のグローバル化
フィリピンを訪れた「新郎」
戸籍を汚して得る「報酬」の決まり方
厳格化するタレントビザの摘発
「偽装結婚」の摘発が進まない理由
「新郎」が語る摘発の実態
グローバル化は今に始まったことではない
二つの貧困で変わる「家族」と「結婚」

■ 第十一章 「高校サッカー・ブラジル人留学生」の十年後
簡易ベッドで眠るブラジル人
サッカー留学生がたどる複雑な生い立ち
十五歳で急遽来日、両親との再会
孤独な寮生活で溜め込むストレス
高校を中退、アルコールに依存する生活
十代後半から水商売を転々と
周囲を魅了し、裏切り、逃げ続ける
再起を賭けてふたたびサッカーの道へ
法改正で急増した浜松のブラジル人
決して逃れられない「負の呪縛」
故郷ブラジルで見続ける日本での夢

■ 第十二章 「中国エステのママ」の来し方、行く末
「豊かで幸せな生活」を求めて来日したチェ・ホア
働かない父親、貧しい環境で育った幼少時代
大学時代に募る日本文化への憧れ
転職先のアパレル企業で社長の愛人となり貯蓄
念願の来日を果たし、日本語学校に入校
「富士そば」ですすったタヌキそばの思い出
「中国エステ」との出合い
仕事で学んだ日本人サラリーマンの本音
「中国エステ」の実態
「中国エステ」は誰が始めたのか
「オニイサン、マッサージいかがですかー?」
摘発の厳格化で進む「オシャレ化」
就職と事業に失敗し、「中国エステのママ」に
五十万円で店を売却した理由
従業員の性的サービスが招いたトラブル
健全店として生き残るために磨かれる技術
できちゃった結婚と離婚、さらに「偽装結婚」へ
規制強化に翻弄されながらも経営は順調
「豊かで幸せな生活」を求めて「カネの奴隷」に

■ 終章 漂白される社会
変化する日本社会が向かう先
「周縁的な存在」と「あってはならぬもの」の正体
十二の旅で見えてきたもの
「安全や信頼」の再構築が放棄される
もはや「客観的な安全」などない
現代社会への問い、その答えの一つ
漂白される社会

おわりに

主要参考文献
索引