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大企業の立場捨てITサポートで大躍進
成果主義から年功給に転換し意識改革
キューアンドエー社長 金川裕一

週刊ダイヤモンド編集部
【第211回】 2012年11月9日
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Photo by Kazutoshi Sumitomo

 1996年。パソコンが家庭に普及し始めた当時、横河電機で30歳前後の若手社員7人が集められ、新規事業を立ち上げるためのプロジェクトチームが結成された。

 日夜企画を練る中で、チームが事業のコンセプトとして打ち出したのが、「IT時代の街の電器屋」。地域密着型のパソコン販売店を展開し、幅広い世代が機器を使いこなせるように、手厚くサポートするというものだった。

 金川裕一が現在社長を務める、キューアンドエーの事業の原型でもある。

 チームのメンバーとして参加していた金川は、企画に大きな自信を持っていた。しかし、当時の横河電機社長、美川英二の反応は冷たかった。

 美川は新規事業の立ち上げに際して「店舗と在庫を持つな」と指示していたからだ。指示と百八十度違う企画が通るはずもなく、ものの見事に一蹴されてしまった。

 それでも金川たちは諦めなかった。「IT機器の現状は自分たちのほうが理解している」という自負があったからだ。

 その後も、金川たちは同じ内容の企画を微修正しながら2度、3度と提案したが、そのたび美川から強く反対されたという。

4度目の提案で
新会社を立ち上げるも
1年後に店舗閉鎖

 「そこまで言うのなら、やってみろ」

 美川が熱意に押されゴーサインを出したのは、4度目の提案のときだ。プロジェクトチームで中心的な役割を果たした金川が、新会社、横河マルチメディアの社長に就任。意気揚々と新規事業に乗り出した。パソコン販売店は金川の出身である東京都武蔵野市と、三鷹市に出店したが、鳴かず飛ばずの状態で赤字が膨らみ、資本金を食いつぶす状況が続いた。

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