「心にやましいところがあるからでしょう」

 実は、「議員報酬の全額返還請求」には前例がある。

 2016年9月に行われた立法会議員選挙で当選した民主派議員6人が、初登頂日の就任宣誓に不備があったとして議員資格を剥奪され、報酬返還請求が行われたのである。彼らはやはり2014年の雨傘運動の勢いを借りて当選した議員たちで、その罷免は、社会では「市民の声をつぶす政府と親中派のたくらみ」として記憶されている。

 だが調べてみると、この6人のうち、直接破産宣告を受けたのはその後も政府と正面切って衝突を繰り返した1人のみ。やはり衝突を続けた別の1人は、後に政府と48カ月間の「ローン式返済」で合意、残り4人は当時手元に残っていた報酬と手当を全額政府に返済するだけで示談決着したようだ。というのも、現実には政府も訴訟を起こしてまで返済を求めるとなると、訴訟費用に500万香港ドル(約7000万円)かかるため、さすがに公費をそこまでつぎ込めないと示談に応じたといわれている。

 もしこの前例に照らせば、今回の区議会議員の忠誠宣誓においても政府が全額返済を求める可能性はほとんどないはずだった。

 だが、出所が明らかにされないこの情報が社会に混乱をもたらしているにもかかわらず、政府が静観を続けたことに、この情報は政府があえて意図的に流したものだったとみられている。

 また、この雪崩辞職について尋ねられた林鄭長官も、「辞めていったのは心にやましいところがあるからでしょう」と発言。その悪意ある言葉遣いには、国家安全法施行以来、前代未聞の事態が続く香港では政府はどんな手段を講じてでも民主派を議会から駆逐するつもりなのだという意思が感じられた。

 そして7月末に、再び「消息筋」発の「資格抹消された際の報酬と手当返済は区議会議員への忠誠宣誓実施が決まった5月以降から」という情報が流れている。同時に、辞めずに残っている議員のうち約60人に対して今後資格抹消を告げる書簡が届くはずだともいわれている。

 もちろん、風評は風評だが、政府は正式に否定も肯定もせずにそれが広がるのを眺めているだけだ。

>>後編「香港の『民主選挙』はどこへ?制度変更で口と票をふさがれる市民たち」に続く

>>後編『香港の「民主選挙」はどこへ?制度変更で口と票をふさがれる市民たち』を読む